はてなビックリマーク

リテラシーと理解について考える

「国産小麦」について

 北海道産の超強力小麦(グルテンが多く粘りがある)「ゆめちから」から作られた食パンが Pasco敷島製パン)から限定で発売されています。
>「ゆめちから入り食パン」発売のお知らせ  Pasco 
http://www.pasconet.co.jp/system2/infoeditor/index.cgi?action=release_view&mode=information&datakey=1336705136¶m_repartition=&temp_name=
 北海道産「きたほなみ」小麦とのブレンドで製パンされ「北海道産100%」というのがセールスポイントです。
     
> 農研機構「ゆめちから」
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/press/laboratory/harc/013071.html#detail 
 日本で多く作られる粘り・コシの控えめな中力粉とのブレンドでパンや麺類での「国産小麦100%」商品への応用が期待されているようです。おそらく問題は安定生産と生産コストでしょう。
     
 イメージ先行で過大な評価がされ、その裏返しで厳しい批判にもさらされる「国産小麦」についての幾つかの事実関係を確認してみます。
       
 近年日本で消費されている小麦は600万〜640万tでそのうち麺パン菓子には550万〜590万tということです。
 ほぼ9割が輸入小麦で国産は1割程度、その殆どが日本麺に用いられます。一般的には安価な乾麺等に多く使われるらしいです。
http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h22/pdf/z_2_2_2_2.pdf(PDFです注意)
          
 輸入小麦は国が一元的に輸入し、「マークアップ」という価格の上乗せをして国内で販売します。(一部は独自調達が認められる)
日清製粉グループ本社 小麦売却制度について
http://www.nisshin.com/ir/reference/presentation/pdf/p110518_e.pdf(PDFです注意)
十勝毎日新聞
http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/08nougyou/20081004/04.htm
>麦をめぐる情勢について ホクレン農業協同組合
http://www.beibaku.net/wheat/2012/manual/wheat/wheat_08.pdf(PDFです注意)
 輸入についての約30%程度の上乗せが行われそれが国内小麦農家への補助等に使われます。
 今現在、小麦政府売渡価格トン5万7720円のうち1万7000円がマークアップという事らしいです。
            
 現在家庭用の標準的な小麦で小売価格が薄力粉と中力粉で1kgあたり200〜300円、強力粉で250〜350円といった処でしょうか。
 強力粉と薄力粉はほぼ輸入小麦、中力粉には国産の標準品が使われています。
 輸入小麦の高級品で大体2〜3割程度はプラスで国産高級銘柄小麦だと5割程度は高価の物もあります。
 いうまでも無く一般的に流通している輸入小麦は安全性についても国産小麦に比べても何ら劣るものでは有りません。
     
 国産小麦はそのままの価格だと市場での競争力は無いとされています。
     
>平成22年産 麦類生産費(個別経営) 農林水産統計
http://www.maff.go.jp/j/tokei/pdf/seisanhi_mugirui_10.pdf(PDFです注意)
>60kg当たり全算入生産費は1万1,243円 
 生産費でkg/187円 します。
>平成22年産小麦生産費(個別経営)(北海道) 農林水産統計
http://www.maff.go.jp/hokkaido/press/toukei/kikaku/pdf/22komugi.pdf(PDFです注意)
>60kg当たり全算入生産費は1万1,207円
 比較的大規模で生産性の良い北海道でも殆ど変わりません。
 輸入小麦がマークアップが上乗せされてもkg/58円であるのと比べると大きな違いです。
 では日本の小麦生産はアメリカ・カナダ・オーストラリアに比べ「不効率」なので高コストなのでしょうか。
         
>売れる麦に向けた新技術、6ページ目 

コラム2 小麦の単収比較 −各国それぞれの栽培環境−
小麦の平成18 年産の平年単収は、全国では384kg/10a ですが、北海道が427kg/10a、都府県が331kg/10a を示し、特に北海道の畑作地帯で463kg/10a(麦作共励会農林水産大臣賞では799kg/10a)と高い生産性を示します。大麦は、概して小麦よりやや低い平年単収となっています。一方、海外では、イギリス、フランス、ドイツにおける小麦の収量がいずれも平均で700kg 前後の高水準にあります(図10)。これらの国は、わが国よりも冬期間の気温が高いことから、冬期間も少しずつ生長できること、また収穫期に梅雨等の長雨が少ないため麦の生育期間を長く設定できることから、多収となります。逆にアメリカやオーストラリアは、降水量が少なく、時に干ばつに見舞われ、単収は290kg、190kg と低い状況です。一方、日本の冬期間、麦は生育を停止し、収穫期についても梅雨前収穫を目指すことから、世界的に極めて早生な品種が栽培されています。日本の平年単収は、気象条件の不利を考えると高い生産性を示していると言えます。また、本州では稲・麦の二毛作が中心であり、水稲と小麦の単収合計でみると1t/10a 程度と圃場生産力が非常に高いことがわかります
http://www.s.affrc.go.jp/docs/report/report22/no22_p6.htm

 これを視ると日本の小麦生産は生産性そのものは気象条件の範囲では悪くは無い様にも考えられます。
 むしろ小麦輸出国の生産性が優れている訳ではなく、不効率に生産しても面積が広い為に結果的に安価で生産が出来ているだけだと考える事も出来ます。少なくとも日本の農業の「不効率」「努力不足」を非難するのは的外れにも見えます。
 より生産性の高い小麦を植えたとしても肥料等が多く必要になり、生産コストが下がる訳ではないと読んだ事もあります。
 勿論外国の農法や品種を日本でそのまま用いても日本では成功しません。
 現実の世界の小麦生産を見るとアメリカやカナダ、オーストラリア、アルゼンチン、ウクライナ等の一部の地域では低いコストで小麦を生産し、輸出が出来ていますが、小麦を生産する多くの先進国では為替にもよりますがそれほど安価ではありません。
            
 TPPに加盟し小麦のマークアップを廃止した場合新たな予算措置を行わないとすれば日本の小麦の価格は数倍に跳ね上がり殆ど売れなくなります。
 輸入小麦が仕入れの現在売渡価格の約5倍程度又は200円強の製粉流通コストが上乗せされている点からみて標準的な国産小麦粉でkg/400円、現在kg/400円程度で売られているごく一部の高級品の国産銘柄小麦粉だとほぼkg/600円を超える価格になるでしょう。
 現在標準的な国産小麦の商社の買入価格がkg/50円程度とされ生産コストとの差額がマークアップによる農家への補助に用いられ、それによって市場に国産小麦が存在する事が可能になっています。
 それでも小麦生産は殆ど儲からないとはされていて、北海道ではスケールメリットが幾らかはありますが本州では米の裏作に作られ、ある程度稲作の農機と併用が出来るので何とか存続できているだけです。
 何の補助も無い場合、市場から国産小麦はほぼ消滅するでしょう。
          
 逆に輸入小麦はマークアップが売り渡し価格の約30%でkg/17円ですから小麦粉の小売価格だと最低kg/20円程度は下がり、理論上最大ではkg/60円から100円程度値下がりしkg/160円からkg/250円程度の価格になるかもしれません。
 パンや麺類の加工品では2割程度、麺などの外食での小麦粉料理も1割程度は下がる可能性はあります。
 仕入れ原価が下がっても製粉や流通コスト、製パン・製麺・販売コストが下がるわけではありません。
 一般的な一人分の一食での小麦使用量は100gから200g程度です。
 毎日三食主食を小麦粉料理で生活したとして年に3800円程度負担が減ります。これが農家への補助になります。
 例えば「ほぼ外食」でも最大で年に5万円程度と考えるのは相当無理な計算でしょう。
        
 日本の小麦生産は政府の管理下にあり、最低限の利ざやを乗せるという形で「商品価値を問わず」生産量の全てをほぼ定額で国が買い取るという「質より量」に基準をおいた「食料政策」的な手段が続けられ、寧ろ品質は後回しにされてきました。
 生産コストの節減が農家の利益になる形です。
 すでに効率化についてはあらゆる可能性が試されてきました。
 おそらく特殊な例もありますが安易な形で「コストダウン」をいうのは唯の無知です。
     
 品質については近年、商品価値に目を向けた品種改良が行われ製麺・製パンでの付加価値が認められる高級品種が極一部で作られ始めたばかりです。品質は良いが製造コストが高く、補助金が無い場合は価格が高騰するのが予想されます。
 製粉加工があり、米より歩留まりが悪いので現在の極一部の高級銘柄米に負けない価格になるのは間違い有りません。
       
 考え方としては「補助金なしで市場価値が無いものは退場すべきだ」とするのなら既に「国産小麦」は「既に死んでいる」といえるのかもしれません。
 競争力の無い不効率な産業は不要だとする考えも有るでしょう。日本で小麦をわざわざ作る必要が無いとする考えにも一理あります。
 市場原理に基づく「自分自身の努力・能力」を蔑ろにされていると考える方も居るでしょう。
 不当な搾取をされていると感じる人も居るでしょう。
       
 個人的には地域経済に大きな打撃を与えるのは避けるべきだと考え、国内での農業生産については補助金を有る程度は掛けるのは止むを得ないと思います。ある程度の何らかの「国民負担」によってでも日本に「農業」は必要だと考えます。
 
 適切な労力を用いる「良民」が報われるのも必要だと思います。
 国という社会制度の維持には単純な「経済・経営論理」だけではない部分が有ると考えています。
  
>高品質な国産小麦の研究開発動向
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/stfc/stt124j/report1.pdf(PDFです注意)
   
【関連】カリフォルニア米の「リアル」
http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20110311/1299775446