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リテラシーと理解について考える

清算のはなし

 「ユッケ食中毒」の「焼肉酒家えびす」が解散し清算手続きに入るそうです。
 この先どの様になるかを考えてみます。
     
朝日新聞 「焼肉酒家えびす」運営会社解散 フーズ・フォーラス
http://www.asahi.com/national/update/0708/OSK201107080099.html
        
毎日新聞 生肉食中毒:「えびす」清算手続き 11日に債権者集会
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110709k0000m040135000c.html

同社は食中毒の被害者補償額が5億円を超すとみており、清算のための会社を設立して資産売却を進めるほか、加入している賠償責任保険と金融機関にある預金で対処したい考えだ。しかし、預金を担保に融資している金融機関が口座を凍結しており、引き出せない状況だ。同社は11日、金沢市で開く債権者集会で被害者補償を優先することへの理解を求める方針。
毎日新聞 

保険で約1億円、全20店舗の一括売却で2億円以上の収入が見込まれ、複数の金融機関に計約3億円の預金もあるという。一方、金融機関に約8億円▽仕入れ先などに約1億円▽元社員の未払い賃金で約2500万円−−などの負債も抱えている。
毎日新聞 

 中々簡単では無いでしょうし被害者補償もこれだけで済むか難しいです。借入金は思っていたより多いですね。
      
 ここでわかるのは店舗が20店で2億から3億円(朝日新聞)での売却が見込まれるということですが、1店舗で1000〜1500万円ということで土地は賃貸で建物又は店舗又は経営権のみがフーズ・フォーラス社の資産だということです。新築だとそれなりの値段になりますが中古だとこの位でしょう。
     
 これは飲食店では普通の経営形態ですが、4月からの営業休止状態でも家賃又は土地の賃貸料が掛かっているということです。既に2ヶ月分、それも店舗の売却先が決まり新会社での営業が始まってそこからの家賃が入るまでは「負債」として増えていく事になります。1店舗20万円としても既に800万円にもなります。
 形の上での負債として扱われないのは何らかの預り金があるはずなのでそこから現在は相殺されているのでしょう。
      
 新たな契約先である売却先の新会社は店舗の契約者の変更の条件として結局その部分についての「清算」を求められるでしょう。
 地権者も負債として扱われ「清算」によって減らされるより新規の業者に契約変更の条件として肩代わりさせる方を選びます。
 店舗の売却価格に幅があるのはその部分の交渉の事もあるでしょう。
                 
 後、ここに含まれていない支払いとしては税金も有るかも知れません、おそらく今年の売上からの消費税は支払われていないと思いますが。Wikipediaによるとフーズ・フォーラス社の昨年期の売上は18億円と有りますので1〜4月迄の売上は4〜5億円あると考えられますから2000〜2500万円程度が想定されます 。未払い賃金(労働債権)も含め5000万円位の法的に認められた優先順位の高い支払いがあります(未払い賃金については全額ではないがすでに行政が「立て替えている」場合もある)。
     

金融機関には預金を担保に債権を相殺できる民法上の権利があり、最優先される。代理人弁護士は「補償するには預金の扱いが最大の課題だが、このままでは民法の規定で十分な補償が不可能」という。同社は、口座の凍結解除で被害者補償を先に進めた後で債務への対応を考えたいとしているが、事実上、債権放棄を求めざるを得ないとみられる。
毎日新聞

  
 「世間」的には金融機関が債権を放棄し預金を被害者補償に充てれば良いと考えるのかも知れませんが簡単では有りません。
 8億円の貸付があり、預金以外の債権を放棄したとしても5億円の焦げ付きになり、それ以上の回収は不可能ですから諦めざるを得ませんが、その上預金も被害者補償に当てるとなると金融機関としては投資者(預金者)に対しそれこそ「背任」に近い事になります。
             
 普通、金融機関は飲食店の営業内容についてはそこまでの責任を負う訳ではありません。メニュー管理まで金融機関が関与することはありません。
 社会的に大きな役割を金融機関に求めるのは市場経済としては無理があります。そこまでの公共性を求めるのだとすれば逆に政府が金融機関を保護する事も求められます。
 「投資」といった形の資金だと相応の責任がありますが間接金融の融資の形ですから金利の範囲に合う役割があります。
 個人的にも「感情」としては被害者補償が最優先だと思いますが現実の社会的には無理があります。悩ましい問題です。
   

同社は、食中毒の原因食材とみられるユッケ用生肉を納入した食肉卸業者「大和屋商店」(東京都板橋区)への損害賠償請求も検討している。
毎日新聞

食中毒では4人が死亡、約170人が発症した
毎日新聞

食中毒の被害者の中には、家族の医療費に1000万円以上かかっている人もおり
毎日新聞

 では「大和屋商店」が残りを支払えば解決するのかと考えますが上にもあるように直接的な支払いではなく損害賠償請求を経なければならないようです。その上「大和屋商店」は(Wikipediaによると)従業員15人売上7億円程度(粗利で1〜2億円)程度の中小企業…個人商店レベルの「企業」で工場・倉庫と配送車両程度の資産しか無いかもしれません。億単位の損害賠償に耐えられるのかはわからないです。
       
 普通この手の中小企業でも金融機関からの借入もあり純粋な資産はそれ程は無いはずです。潰せば済むはなしではありません。
 賠償請求も「ただ」で出来るものでもないでしょう。 
                  
 取り敢えず1億円の保険と売却益の合わせて3〜4億円程度が確実な原資ですが5億円以上の被害者補償、5000万円位の優先的な支払いがあります。

>読売新聞 「債務超過は7億円」えびす債権者説明会
 http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/news/20110711-OYT8T00956.htm

債務超過は7億円、被害者補償は5億円超とし、補償を最優先するため、債権放棄を求めたが、応じない債権者もいるとみられる。債務超過が解消できない場合、特別清算を裁判所に申し立てるとしており、被害者補償を十分に行うことは、困難な状況となっている。
>読売新聞

 「特別清算」は債権者の話し合い(任意整理)で債務の整理ができない場合に裁判所が主導して清算を行う物です。破産よりはましかも知れません。

治療費などの支払いについて、保険を使った場合でも早くて秋頃とした。しかし、現時点で預金は銀行3行が凍結しており、解除の見通しも立っていないことなどから、代理人弁護士らは「被害者らに100%満足してもらう補償は難しい」との認識を示した。

 説明会後、ある取引銀行の担当者は「凍結した口座預金と債権を相殺し、残りの債権を放棄する形で妥協したい」とし、債権放棄には応じるものの、担保として凍結している預金の解除には否定的な考えを示した。

 また、OA機器業者は、「会社には社会的責任を果たしてほしい」と債権放棄に理解を示す一方、食品卸業者は「未払い金を回収できなければ倒産する会社も出てくる。債権放棄には応じられない」とした。
>読売新聞

             
 大きな会社で小さな債権の場合は債権放棄も難しくないのかも知れませんが食品卸の様に商店が小さな利幅で商いをしている場合には死活問題になり、少なくとも現時点で従業員の給与にも影響が出ているはずですし、簡単に債権放棄しろとは言えません、悩ましいです。
 食品の場合は1店舗ごとの金額は小さくても地域単位で取引をしている場合にはそれなりの額になり、普通は月末締めで月の中頃に支払いなので厳しい事もあるでしょう。もともとの利幅も狭く小規模な取引先によっては厳しい話です。
       
 現実に2.5億〜3.5億円の資産から5億円の被害者補償、1億近い債務を清算せざるを得ない可能性があり、被害者補償が半分程度しか支払われない可能性もあります。死亡保障だけではなく医療費すら厳しいかも知れません。
 行政が何らかの救済を行えれば良いのでしょうが簡単に言える話ではないでしょう。
   
 金融機関が預金を被害者補償にまわして残りから債権の清算を受けるとすれば「回収できる」額は現在の3億円(−5億円)から5000万(−7.5億円)程度にまで減ります。
 法的な部分でも預金から債権を回収することが認められる金融機関にそれを放棄する事を求めるのは難しい気がします。もし無理にそれが出来る場合には金融機関は融資に慎重になりより厳しい条件での貸付しか出来なくなり、それはそれで社会的・経済的に良くないと思います。超法規的な救済は難しく、無理をすれば中小企業の資金調達コストを上げることになります。
 形式の上では金融機関は預金以外の資産からも債務を分配される権利は有るはずですから一応上の取引銀行の担当者は「妥協」しています。
           
 マスコミだけではなく「インターネット言論」でも殆どの人が興味を失い、食品衛生関係の生肉食の管理や規制の議論は続きますが(これも重要)「事件」としては既に「消費」が終わっていてこれらの新聞記事にもそれ程反応はなく、報道の多い時期の「社長」の「顔」「謝り方」にまで細かく注文が入り、「ああだこうだ」と話題が盛り上がっていた時期とは違い殆ど反応はなく、「終わった話」として扱われている様です。
 「店を潰した」時点で「正義の実行」が行われたとして満足している方も多いのでしょうか。幾らでも事情が解っている方たちは単に「店を叩く」事には慎重だった様に見受けられます。
        
 「潰す」と被害者救済の支払いが困ることが明らかだからです。常識的にこの手の新興飲食業社は実際の資産は殆ど持たず、経営者も金融機関から個人保証を求められていて資産は殆ど抵当です、店を潰すと債務超過になり損害賠償が出来ないことは当たり前だからです。
 「社長だから金は有るんだろ」といった安易な事態ではありません。
 別にこの会社や経営者を弁護するつもりはありませんし、彼らが何か(銀行でも手の出せない)「破産逃れ・資産隠し」をしていないかはわかりません。
 勿論ここまでの事件になってしまえば経営の持続は困難でしょうが「叩く」事にそれ程「正義」はありません。
 言い方は悪いですが嬉々として彼らに罵声を浴びせる事は気味の悪い群集心理でしか無いでしょう。
 誰かの不幸とわかりやすい生贄を「消費」しているにしか過ぎません。「マスコミ」だけではなく「我々」にも安易な姿勢があることは事実です。
     
 こういう形で「正義」を数字にしてあからさまにその限界を示すことはあまり好まれないようですが、事実を確認する場合にある程度数値化して考えるのは必要だと考えます。
 「そんな当たり前の事を偉そうに書くな」とのご意見もあるでしょう、「重要なのはそんな話じゃない」とお怒りの方もいるかも知れませんし、カタルシスを感じている時にその限界を示されるのは不愉快なのでしょうけれど「正義」を独り善がりにしないためにも誰かがそれを示すことは必要だと考えます。
         
 世間ではこの件は「店が潰れた」時点で「終わり」なのかも知れませんが後遺症も残るだろう被害者や遺族、それだけではなく多くの関係者にも厳しい道程が続きます。喪ったものも多く、膨大な医療費やこの先の苦難は想うに余り有ります。

 …と、書いている途中で店舗の売却が決まりました。店舗の売却が早くきまり、入金されるとなれば少しは話が進みます。

>焼肉酒家えびす、福島の会社に全店売却へ
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110713-OYT1T00109.htm

ガソリンスタンドや焼き肉店などを経営する「スタンドサービス」(福島県郡山市)に全20店舗を売却することで最終調整に入ったことが12日、関係者への取材でわかった。

 売却代金は2億円超となる見通しで、被害者への補償の原資にする方針。スタンド社は、解雇されたえびす従業員を雇用する意向を示しているといい、早ければ来月から営業を開始する予定で、月内の契約締結を目指している。
>読売新聞

 えびすの店舗は、仕様通りに建設したオーナーからフォーラス社が借り受け、分割の建設費と家賃を毎月支払う方式をとってきた。

 石川県内で店舗と土地を所有する女性によると、フォーラス社側から11日、連絡があり、「福島県スタンドサービスがえびすの店舗を焼き肉店として使うことに決まった。家賃や敷金などの条件を詰めたい」との説明を受けた。

 フォーラス社は滞納した2か月分の家賃と、契約時に支払った敷金の相殺を求めており、女性は「いったんフォーラス社との契約を清算した上で、スタンドサービスと家賃などの条件が合えば、契約し直したい」と話す。

 「新会社」が「オーナー」に対しての新たな契約や支払いがあるのでやはり3億円にはならないでしょうが、間に金融機関も関与しているはずですからこれは最善のような気もします。
 おそらく建設費の支払い等も引き継ぎますから権利関係を見ると妥当な額でしょう。売却代金以外の費用負担がある前提の価格です。数社が入札していたようです。
 新経営者での新規営業も早いようで業態もほぼ受け継ぎ、改装費も多く掛けないのは結果的に売却価格を比較的に高く設定でき、被害者への支払いなどには都合のよいことです。
 この会社がどの様な企業なのかは知りませんが一般的な意味においては雇用も守られたことは悪いことでは無いはずです。
      
 とはいえ今現在の確実な元金が3億円程度なのは間違い無いでしょう。必要な被害者補償にすら全く足りません。
 当たり前のことしか言えませんし何の答えも示すことは出来ませんが取り敢えず書いてみました。