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リテラシーと理解について考える

淡水養殖と川魚料理の未来

>「淡水養殖と川魚料理の「いま」」からの続き
http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20130301/1362149241
>漁業という日本の問題 勝川俊雄

漁業という日本の問題

漁業という日本の問題

 しかし「養殖」という生産手段は理想的な方法でもなく生産効率が高いわけでもなく環境負荷が軽いわけでもありません。
      
 餌の多くは動物性で植物性飼料でも食用穀物と競合する物もあります。
 特に海洋資源は未成熟魚等の過剰収穫から得られる配合飼料に頼っている側面があります。
 飼料効率も畜産に比べて良いとはいえず環境負荷が寧ろ高いといえます。
 イワシやサバ等養殖魚の飼料に用いられる水産資源は人間の食用に適さない稚魚までもが乱獲され、産卵できる迄育つ魚がいなくなり、新たな水産資源が再生産されない「死の海」になりつつあるとの指摘があります。
 「天然魚」を獲らない養殖が「環境に良い」との誤解もありますがそう簡単なものではありません。
 淡水魚だけではなく食料連鎖の上位にある商品価値の高い高級魚の養殖の為に過剰に環境に負担を与えるという事は忘れてはいけません。
    
 他にも養殖用の生き物による「外来生物問題」もあります。
 ブラックバスブルーギル等がよく知られます。
>食える 外来生物
http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20110701/1309448935
 で冗談ぽくは書きましたが世界でも淡水養殖水産物による生態系の破壊は世界的な問題です。
 東南アジアのティラピアやアフリカ・ビクトリア湖ナイルパーチの問題も知られます。
     
 日本の国内品種淡水生物にも地域ごとに小集団ごとに遺伝子の多様性が存在します。
 他の地域の同種・近縁種の物の移植によって交雑など遺伝子「汚染」が起き独自の遺伝集団が「消滅」することもあります。
 鮎では全国で養殖・放流された琵琶湖品種によって遺伝子多様性が失われたとされます。
   
 そして淡水養殖においては水質の汚濁による環境破壊も起きます。
 国内の多くの閉鎖的な養殖施設では現在浄化設備が備えられ汚泥などの処理が行われていますが自然の池や川の一部を用いた淡水養殖では環境への悪影響も考えられます。
 サーモン・サケ類の養殖による環境負荷は国際的にも問題視されています。
  
 ウナギやホンマグロ等は採卵させてから稚魚にするのが困難なので種苗を天然物に頼らざるを得ないというのが大きな問題です。過大な採取によって絶滅の危機にあると考えられます。
   
 管理されているとはいえ淡水養殖魚の生食は海水魚よりもリスクが高い可能性も否定できません。刺身・生食自体がリスクが否定できないのは大前提です。
 サケマス類でも一度冷凍した「ルイベ」の方が安全といえるかもしれません。塩をして水分を抜いてから冷凍し酢じめや燻製にするのがより安全でしょう。
     
 ウナギの養殖(蓄養)は技術研究が進んでいて比較的簡単で温めた水をビニールハウスをかぶせた生簀に循環させる養殖になります。相場は変動しますが比較的確実に「売れる」ため参入が容易とされてきました。
 鹿児島等九州や中部地方では地元の重要な産業と位置づけられています。
 1990年代には「ウナギ成金」といえるほど儲かったとされます。近年では経営環境が厳しく資金的に自転車操業といえる状態の生産者が多く「引っ込みがつかない」産地も多いようです。
    
 淡水養殖魚については鯉やニジマスはこの20年程度の間で生産が半減しているそうです。鯉は鯉ヘルペスという病気による問題も大きいのですが鯉やニジマスのほか鮎や鮒にしろ価格が低迷し販売量も右肩下がりで落ちています。
 経済状況の問題もありますが消費動向として衰退産業だともいえます。
 西日本の市場や商店街では鮮魚販売業として「川魚店」というのは少ないながらも存在したのですが京都など観光地の一部を除いては殆どなくなってきています。
 川魚を扱う業態の中ではウナギが突出して存在感が有るともいえます。鮎は夏の一時期しか売れません。今の川魚店ではウナギの販売は重要でしょう。
 多くのスーパーや量販店ではウナギ以外の淡水水産物を見かけるのは少ないでしょう。淡水水産物の市場での存在感は低下しているといえるます。
 ウナギは冷凍保存もきき、完成した製品でも有る蒲焼形態での販売や管理がとても容易です ウナギの流通形態としては冷凍や真空パックも有る「蒲焼」の他、生きたままの「活魚」と活魚を業者が多くは専用の機械で裂いた「開き」形態の物があります。
 高級専門店では多くが活魚、ごく小規模か大量販売の専門店や専門ではない飲食店の一部と調理施設の有る量販店は開き、殆どの量販店と多くの専門ではない店・廉価な飲食店では蒲焼での仕入れになります。
   
 通常は活魚や開きの場合よほどの大量購入ではない場合は冷凍の蒲焼と変わらないか高価です。輸入物のウナギ蒲焼だと量に換算した場合半額以下にもなります。
 おそらく消費されるウナギの多数は蒲焼形態で量販店や非専門店から消費者のもとに届きます。
 「土用の丑の日」といっても専門飲食店は比較的高価で座席数や生産設備が限られているので販売の多くは非専門店でのものです。
 ウナギの多数は鰻専門料理店では消費されていないはずです。
     
 近年の土用丑や今回のレッドリスト指定についての事などで専門店の関係者から「自己中心的」な「無責任」な「暴言」を引き出したメディアに対しその専門店を「業界の代表」として「意識の高い人」達から非難する声も有りますが、特に高級専門店等は高くて少量のウナギでも有れば良いので、寧ろ大量のウナギを消費する問題については「他人事」の側面や被害者意識さえ持つ人がいるというのは残念ですが個人的には理解もできます。
 専門店で売られる「本物」ではなくスーパー・量販店の「安物」が「犯人」だと感じるバイアスは否定できないでしょう。本音では「貧乏人が鰻を食うから悪い。もっと早く規制して値上がりしても良かった」という意見でもおかしくは有りません。
 しかし寧ろ世間的にはそのような発言の方が「叩かれる」可能性があります。外部に「犯人」を見つけ「此処にいない人」に責任転嫁するか「しらばくれる」方が「世間的」には正しいといえます。
     
 少し感情的なポジショントークといえる意見を書かせていただくと専門飲食店に事実上の廃業を簡単に求めるのはどうも良い気はしません。
 個人的には鰻関係者ではなくこの5年ほどは鰻を仕事で扱っていません。
 専門店は高い専門性と限定された顧客のニーズによって成り立ちます。「ウナギが無いからのアナゴで」だとか「ナマズで」「アメリカナマズで」等といった変更は考え難いでしょう。死活問題になります。利害によるバイアスのある発言をする「気持ちはわかります」。
   
 バイアスの有る発言を引きだし。対立を煽るメディアもありますが比較的に冷静な意見を示すメディアもあります(注目されませんが…)。

ニホンウナギ絶滅危惧種:「食文化守るため」…料理店理解 毎日新聞
>国内のウナギ料理店は「日本の食文化を守るため」として、指定による「種の保存」に理解を示す。
>今回の指定は、ウナギ店にどんな影響を与えるのか。ウナギ店が軒を連ねる成田山新勝寺(千葉県成田市)の参道。創業100年を超える老舗というウナギ料理店「川豊」の店主は「すし、天ぷらと同じく日本の食文化で、消えてはならない。数が捕れなくなっている中では、種の保存のために指定するのは仕方がない」と受け止める。

 東京都港区のウナギ料理店「野田岩」の6代目、金本昇さん(46)も「これだけ減っているから、いつか指定されるだろうとは思っていた」と冷静だ。ただ、「指定されたことを消費者がどう受け止め、客足がどうなるかは予想がつかない」と話す。

http://mainichi.jp/select/news/20130202k0000m040157000c.html

 確か10年ほど前ウナギが異常に廉かった時期にも活け物のウナギは中程度の大きさのものでも仕入れで600円から800円程度はしました。
 活け物のウナギを注文してから焼くような当時の高級鰻専門店ではそれが2000〜3000円程度で出されていました。それ程お客の回転の良くない高級店としては十分妥当な価格です。
 その頃スーパー等の量販店では未成熟な小さな冷凍中国産ウナギ蒲焼が300円程度から、大きな物でも500円位。国産の中型の物では600円から1000円程度までで売られていました。
 どちらが資源的に負担が大きいか説明は要らないでしょう。現在でも特売で1000円以下の蒲焼が売られています。
 
 料理人は「料理としての」鰻の蒲焼の代用品は幾らでも思いつきます。
 よく知られた精進料理の山芋や海苔を用いた擬製鰻蒲焼は「有名」ですが、例えば他にも豚三枚肉塊を脂分2割程度に整形し分厚めに長くスライスし、「骨きり」様の細かな隠し包丁をし、少し小麦粉を振り、肉叩きで叩いて伸ばし、醤油1:酒1:味醂0.5:砂糖0.5:魚醤少々程度のたれで「蒲焼」にすればボリュームやテクスチャーとしての代用は可能ですし。鱈のほぐし身と豚ミンチで「蒲焼」風の物を作るのも可能でしょう。鶏でも難しいものではありません。
       
 ですが商品として生業を成り立たせるウナギの代用品は困難です。逆に聞きたいのは「ウナギが減少しているので問題になる前に廃業・転業した」という「本当に志に高い」店があったとして「意識の高い人」はその店を経済的に支援し続けるとでも言うのでしょうか。
 生活者としては禁止になるまではギリギリまで「粘り」ウナギを売りつづけ「権利を主張しつづけ」、出来れば何らかの転業補償を勝ち取るまで「意地を張る」合理性もあります。
 「理屈の上」では2000年までに「価格は上がっても」資源管理を行えば「高級専門店」は困ることは無かったはずです。
 色々と「言いにくい事」のある直接的な利害関係者では無い「政治」や「行政」が動くべきことで「市民」にも責任があるともいえます。
      
 そして現在ウナギ関係者を非難し「鰻店には絶対行かない」「ウナギは食べない」とする「意識の高い人」は専門店以上に大量のウナギを売っているスーパー・量販店を「意識が低いからボイコットする」とは仰らないのでしょうか。高級鰻専門店関係者が「貧乏人相手に安いウナギを売る量販店が悪い」といった場合(おそらく非難されます)体を張って守ってくれるのでしょうか。
 悪い「奴ら」を糾弾する言論は溜飲が下がり正義の側にある自分を確認する事も出来るのでしょう。
    
 上で示した勝川俊雄さんの本でも現在では漁業資源管理先進国とされるノルウェーニュージーランドでも利害関係者自身からの「自制」が有ったわけではなく、専門家による事実関係に対する検証を前提とした、国民世論の後押しによる、「政治主導」の関係者への将来的な利益をも約束する外部からの働きかけで資源管理が成立したとしています。
    
 ウナギの乱獲を容認した社会的な背景としては大量生産・大量販売による低価格化を「良心的」とする価値観があります。
 個人的には高品質のものや高付加価値のものが高価である事が悪いとは考えません、寧ろ高価であることのほうが公正・適正である場合もあると考えます。
 例えば勝川俊雄さんの意見は「魚の値上げ」を前提とした漁業者の所得や労働条件の向上を含む主張です。
 資源管理により乱獲を防ぎ、希少価値を上げ、品質を向上し、利益を増やす事を目的とします。
 この方針だと今多くある回転寿司などの「庶民の味方」のビジネスにも打撃となる可能性があります。
     

 ウナギ養殖は産業の少ない地方の地域経済に目に見える効果が有り、内水面漁業の中では現在数少ない「負けていない」業態で、川魚業者の経営の柱で、鰻専門店の生活の全てです。
 ウナギから他の淡水養殖水産物等に生産をスライドさせても簡単に代替が可能だとは思えません。
 「土用丑」や「恵方巻」のように消費者は過剰に集中して意味的な「物語消費」を行い妥協はしてくれないものです。、
   
 淡水養殖も理想の漁業では有りませんし鰻の蒲焼を必要としない人も少なくはありません。
 環境保護は人類の責務だと考えますし、地方経済や漁業も見殺しにして良いとは考えません。
 完璧な方法は無いのかもしれませんが出来るだけましな形でWIN-WINに近い関係を目指す事は出来ないのでしょうか。
 より持続的な社会を目指し、その中で上手く淡水養殖と日本の「伝統的な」川魚料理を生かす手段は無いのでしょうか。
 天然物の淡水資源が消費できる状態になるような環境管理が理想であるかもしれません。天然自然からの採集はすべきではないとの考えもあるでしょう(「狩猟」に対する忌避感は珍しくないですね)。
 「問題」を関係者だけが解決する義務を持ち、「悪い奴ら」を排除すればよいとするだけでは「近代市民社会」「名誉ある祖国の国民」の一員の在り方として良いものなのでしょうか。
  
 例えば1970年代には近代慣行農法において農薬や化学肥料に問題が多く見つかり「人類と自然の危機」と理解されたことも有りますが1990年代にはコントロールに目処が立ちました。今でも過大に害悪視し続ける人はいます。
 振り上げた拳を下げるのは困難で「批判」を自分の正義とした人は引くことは出来ません。
 「科学の進歩」に過大な要求をするのも間違いですが過剰な否定も建設的とはいえません。敵視と排除は感情的な役割しかありません。
 合理的な根拠を前提とした工夫と歩み寄りによる問題の改善こそが目指すものであると考えます。
 
 養殖には近代的な給餌養殖だけではなく粗放な無給餌養殖や生態系を「作る」施肥養殖もあります。
 中国では古代から数種類の淡水魚を組み合わせた持続性の高い淡水養殖が行われています。
    
>中国 独立行政法人 水産総合研究センター 増養殖研究所
http://nria.fra.affrc.go.jp/hakko/news45/45-4.HTML
      
 これは「外来生物」が関与し、日本に持ち込むことは出来ないですが興味深い技術といえます。
 鯉の養殖も蚕蛹の再利用から広まりました。日本でもより上手くいく技術が開発され消費者が受け容れてくれる事を期待します。
  
【参考】  
>埼玉県 農林総合研究センター水産研究所 研究成果
http://www.pref.saitama.lg.jp/site/kenkyuseika/
滋賀県淡水養殖漁業組合
http://www.eonet.ne.jp/~shigatansui/index.html
>株式会社 科学飼料研究所
http://www.kashiken.co.jp/jpn/data/001.html
内水面漁業・養殖業の部
http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/naisui_gyosei/index.html#r
       
>ぜひ知っておきたい日本の水産養殖―人の手で育つ魚たち 中田 誠

ぜひ知っておきたい 日本の水産養殖

ぜひ知っておきたい 日本の水産養殖

>川魚料理の工夫(日本料理技術講座)柴田書店

【追記】

水産庁 平成25年7月 養殖業のあり方検討会
>2.内水面養殖業 平成22年における我が国の内水面漁業・養殖業の生産量は79千トン、生産額は830億円であり、このうち養殖業の生産量は39千トンで49.7%を占め、生産額は602億円で72.6%を占める。近年の内水面養殖業の生産量は減少傾向、生産額はウナギ価格の上昇により増加傾向で推移している。
内水面養殖業の生産量は5割以上をウナギが占める。平成22年における魚種別生産量(内水面養殖業に占める割合)は、多い順にウナギが21千トン(52.1%)、マス類が9千トン(23.8%)、アユが6千トン(14.4%)である。生産額(内水面養殖業に占める割合)は、多い順にウナギが383億円(63.7%)、マス類が86億円(14.3%)、アユが83億円(13.8%)である。ウナギの養殖用種苗はすべてを天然稚魚に依存しており、平成22年以降は不漁のため取引価格が高騰している。不足分は輸入で補っており、天然資源の維持と人工種苗生産技術の開発が課題である。
http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/saibai/pdf/130725-02.pdf

     
【追記2014/6/12】
>2014/06/11 絶滅危惧種ニホンウナギ、大手スーパーマーケット12社でいまだ主力商品 ―グリーンピース、「ウナギの調達方針に関するアンケート調査」結果発表―
http://www.greenpeace.org/japan/ja/news/press/2014/pr20140611/

現在のウナギ食の主流は、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで売られているパック詰めにされた加工商品です。薄利多売型のビジネスモデルにより、ウナギは晴れの日のご馳走から安価で手軽に消費できる食材へと姿を変えました。これにより肥大した需要を賄おうと各地で乱獲が進んだ結果、日本で食されるウナギのうち、99%(注2)が絶滅危惧種 という事態に陥っています。

>鰻輸入量及び国内養殖生産量/日本養鰻漁業協同組合連合会
http://www.wbs.ne.jp/bt/nichimanren/toukeiyunyuryou.html
 上記の鰻生産の加工輸入品は専門店で使われることは基本的になく、活鰻も加工されて専門店以外で使われるものも多く含みます。
 そして鰻消費の最盛期においても国内生産の鰻よりも輸入の方がはるかに多く「日本の漁業者」が「主犯」でさえありません。敢えていえば「鰻絶滅の主犯」は(安価な大量消費を支える)大手流通と商社とも考えられないでしょうか。