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リテラシーと理解について考える

近代以前の投射兵器の威力を検討してみる その1

 数年前「オンライン小説」のファンタジー世界で「マスケット銃」が大きな役割をする作品を読みました。
 後に書籍化されベストセラーにもなった作品です。
 所謂ヨーロッパ中世的な社会で「魔法」が存在し「魔物・魔人」が普通にいる世界ですが「マスケット銃」が「発明」され大量に配備される事で人間が「魔法」に勝利しその世界が「近代」へと歩みはじめる物語でした。
(タイトル変更しました)(「投射兵器」にするか「投射武器」か「武具」にすべきか…)
          
 読んでいて気になったのが「マスケット銃」の威力です。
 ざっと読んだ個人的な印象としてはどうも「威力」が有り過ぎに感じました。
 敵側にもその「マスケット銃」の威力を知る優れた「軍師」が居る筈なのに弱点を突く事も無く手をこまねいているばかりにも見えました。
   
 近代兵器以前に戦闘で用いられた「飛び道具」投射兵器の実力を調べてみました。
              
 広義の「マスケット」(銃)は「ライフル」(銃)に対応する言葉で、銃身の内部に弾丸を回転させる旋条(ライフル、ライフリング)と呼ばれる溝が刻まれた近代では主流の銃以前に存在した、銃身内部が単純な筒状の「滑腔銃」と呼ばれるものになります。
 基本的には火を直に点火剤に押し付ける火縄(マッチロック)式や火打石か黄鉄鉱に金具を擦り付けるホイールロック(歯輪)式、火打石を金具に打ちつけ火皿に着火するフリントロック等の燧石式から打撃を加えると発火する「雷汞(らいこう)」を用いる初期のパーカッション式等の、多くは銃口から装薬装填する前装式の銃です。
(誤解している方もいるでしょうが火縄銃は「導火線」で発火させる物ではありません)
 狭義のマスケットは大型据え置き式のものを指すそうですがここでは広義の意味で用います。
                  
 旋条自体は15世紀末から16世紀初頭には発明されてはいたようですが、加工も難しく前装式では弾丸を旋条にくい込ませる事が困難で、弾丸をパッチで包んで旋条にくい込ませ装填に時間のかかる18世紀のペンシルベニアライフル・ケンタッキーライフル等の一部の例外を除けば実用化されませんでした。
 19世紀半ばに前装ライフル・ミニエー式が開発されるまではマスケット銃が殆どでした。(ミニエー銃は「ライフルマスケット」などと呼ばれる場合もあるので複雑)
 マスケットはライフルに比べ弾道の安定性が低く弾丸のエネルギーの損失も多く、基本的に精度も射程も劣ります。
 ライフルはマスケットに比べ約3倍の射程距離を持つと考えて良いでしょう。
                
 誤解もあるようですが火縄式からパーカッション式までの前装式のマスケットはメカニズムとしては基本的に精度も威力も変わりません。
 日本で長く用いられた打ちやすく命中率は高いものの常時火のついた火縄を携帯する必要が有り臨戦態勢の維持が面倒で、密集状態では装填の際に他の銃から飛び火し事故にもなる可能性のある火縄式と、ヨーロッパなどの弾幕をはるのには優位ですが点火の際の衝撃が強く発火のタイミングがずれ、不発もあるフリントロック等の燧石式との戦術的な違いが有るだけです。
       
 一般には雨について火縄式に大きな弱点があるように考えられて居るのかもしれませんが火縄自体が防水の工夫がされていて「雨除け」があれば有る程度対応が出来ています。逆に燧石式でも完全に濡れてしまえば発火は困難です。
          
 で、マスケットの威力としては火縄銃についての研究があります。研究家の須川薫雄さんの実験です。
>日本の武器兵器 威力の実験 −はたして鎧は鉄砲に対抗できたか−
http://www.日本の武器兵器.jp/archives/82
        
 火縄銃で50mでは人間大の的に当てる事が可能で日本の戦国時代の当世具足を貫通し、充分な殺傷能力が認められるようです。
 当たりさえすればすれば100m程度までだと甲冑を貫通し死傷させられるそうです。有効射程距離は100mとしています。
 この実験で用いられた火縄銃は10.2mmで所謂三匁玉一匁五分玉、軍用の標準である六匁玉より殺傷能力的には劣りますがどちらにしろ空気抵抗の多い丸弾です。これより大きな口径でも銃の材質・加工の強度や反動が耐えられる火薬の量を勘案した場合には飛距離はそれ程変わらないでしょう。
 一部でいわれる「鉛玉だから鋼板は貫通出来ない」といった事はありません。
 現代の鉛を銅で包んだ尖頭弾「フルメタル・ジャケット」よりは劣りますがそれなりの貫通力はあります。
 ときに見られる「貫通していない弾痕が残る甲冑」は有効射程外から撃った物か、わざと火薬を減らした弾で撃って見せた物なのかもしれません。
                                        
 恐らく最大飛距離としては700m程有るようですが、これは弾が到達する距離で生身の人体に対する殺傷能力はこの半分以下でしょう。
 因みに現在のアサルトライフルで小口径で現在標準的な5.56mmNATO弾で有効射程距離は200〜300m程度、7.62mmNATO弾で400〜500m程度と考えられているようです。これは狙って当たる距離で殺傷距離はその2〜3倍以上、最大飛距離は2〜3kmを超えます。
 マスケットの印象としては装薬量等にもよりますが100m程度の近距離では命中率威力とも、(銃身が短く保持が不安定な)拳銃からの発射での.45ACPから.357magnum程度といえるのかもしれません。(飛距離は旋条のある現代拳銃の方が長い)*1 *2
 黒色火薬とはいえ重い弾丸を比較的大量の火薬で音速前後で打ち出すらしいので初活力(ME)は高い様ですが急速にエネルギーを失います。散弾銃の(現代の精度の良いサボットスラグやライフルドスラグ以前の)スラグ弾にも近いと思われます。
 銃口エネルギーとしては標準的には装薬によるでしょうがAK47の7.62x39mmや散弾銃の(おそらく)20GA(番径)と同じ位らしいです。
                     
 因みにある通俗歴史書に「銃弾が長い間球形だったのは弾は丸いという思い込みからであった」とか書かれていましたが旋条の無い銃身から椎の実型の尖頭弾を撃つと横転しやすく殆どメリットはありません。
 逆に旋条の有る銃身から発射された場合は球形の弾でもジャイロ回転をし安定性を増します。
   
 その2 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120506/1336314040
 その3 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120512/1336752249
 その4 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120514/1336946951
【関連記事】
 猟銃の威力と用途 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20121106
 幕末銃器生産事情http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20150308/1425744598

*1:追記:現代でも前装銃の射撃競技は行われています。日本前装銃射撃連盟http://1st.geocities.jp/jmuzzle2334/Muzzle1.html

*2:追記:自動車ライターで短筒の名手、他の射撃にも詳しい半谷範一氏の前装銃射撃、古式銃についての記事です。現代の競技なので往時よりは精密でしょうが参考になります。http://blog.goo.ne.jp/cyrilsnow34カテゴリーの「前装銃射撃、古式銃」からどうぞ