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リテラシーと理解について考える

近代以前の投射兵器の威力を検討してみる その2

 その1http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120430/1335773078
 それでは「鉄炮・鉄砲」以前の飛び道具、弓箭(弓矢)はどの位の威力なのでしょう。
(タイトル変更しました)(「投射兵器」にするか「投射武器」か「武具」にすべきか…)
           
 日本の弓箭は平安中期までは丸木弓と呼ばれる単体の木材を用いた物であったようです。
 平安後期には竹と組み合わせ柔軟性と耐久性を増した複合弓「伏竹弓」が開発され平安末期には木材を竹ではさんだ「三枚打弓」に発展しました。戦国時代には「弓胎弓(ひごゆみ)」と呼ばれる焦がした竹等も用いる高度で複雑な構造を持つ形で完成されます。 
 軍用としては「重籐弓」と呼ばれる籐で巻き漆で強化した物が知られます。複合弓の接着剤は膠(煮皮?)と呼ばれる魚の「ニベ」の浮き袋(時には鹿の皮等もか?)から煮出されるゼラチン等の素材が用いられたようです。
      
 日本の弓は世界でも珍しい2mを超える長弓で有りながら彎弓の形態を持ち、独特な複合弓の構造と上下非対称なデザインを持つ美しく機能的にも優れたものです。
 元々の武士の武芸は「弓馬の道」と呼ばれ南北朝時代までの上級武士の戦闘は弓箭を主体とする弓射騎兵でした。
 その時代の甲冑も主として弓射戦を想定した大鎧形式の物です。
 城郭の一般化や弓の性能の進歩や戦術の変化で南北朝時代からは弓射歩兵が多用され騎兵は突撃を行う打撃斬撃で戦闘を行う打物騎兵に変化します。最終的な戦いの決定力を持つのは打物を用いる騎兵突撃の場合もありました。
          
 とはいえ戦闘に於ける死傷者の多くは飛び道具によるものでした。
 ある時期には大太刀や長刀が幅を利かせますが打刀等の「日本刀」は乱戦や首獲り等に用いるサイドアームズ(補助武具)の役割です。
 斬撃では鉄の甲冑を切る事は出来ません。乱戦などの近接戦闘において甲冑で守られていない部分に攻撃を仕掛ける事が殆どで、それ以外は相手の打物を受けたり打撃を与える位の役割です。台などで固定した甲冑にベストな斬撃を加えた場合には幾らかは「切れる」かもしれませんが、動いている人間を切るのはそれとは異なります。
 「護身用」の筈の「剣術」が武士一般の嗜みになったのは近世の平和な江戸時代の事です。(幕末のテロリズムでは「活用」されましたが)
 「飛び道具とは卑怯なり」は平和な江戸時代の武士の本業とはいえない私闘レベルの話でしょう。研鑽としての剣術や身分表象「二本差し」から肥大化した倒錯です。
 戦場では鑓や矛・薙刀といった棹状打物の方がより重要な役割を持ちます。
                                                       
 では弓箭は甲冑に対し、どの程度の効果があるものなのでしょう。
 上にも書いた通り大鎧は弓箭に対しての防御力を狙って作られています。
 特に「一騎打ち」の場合には「大袖」を「盾」として用いる事で一定の防御力を持つとされます。
           
 マスケットの話でも書いたように「投射兵器(飛び道具)の威力」を考える場合には「距離」と「当たり方」といった各論としての現実の威力を一般的な例なのか特殊な条件の例外的なのかを検討しなければ意味がありません。
 希望的観測や思い込みをはっきりしない伝説的な「お話」から「昔の人は凄かった(筈)」だとかいった前提にして人体には構造上不可能で人間業ではない英雄譚を検証せずに用いるのは現実的ではありません。
 現代でも「武勇伝」というのは相当「盛った話」であるのは常識です。
 どの時代でも「例外」といえる個人は存在しますが一般化するものではありません。
     
 検証可能な範囲で弓箭の威力について考えてみます。
   
 銃でも書きましたが投射兵器の場合は飛距離について撃ち方によって大きく変わる部分があります。
 水平に撃ち、投射物の速度と重さのエネルギー量・推進力で貫通させる「直射」と、斜め上に撃ち投射物を放物運動で的に当てる「曲射」です。(物理的な「運動」としては同じ)曲射は主として遠距離射撃に用います。
 直射は速度が比較的早く貫通力がそれに比例し、曲射は投射物を放物線軌道で撃つので空気抵抗の影響で比較的速度が劣り投射物が軽い場合には威力も劣ります。
 曲射の場合は重く鋭い鏃を用いるそうですが近距離からの直射に比べれば貫通力は劣ります。
 重い鏃の箭だとある程度の殺傷能力があります、それに対し小さな銃弾の場合は曲射だと威力は低いでしょう。
 通常の一人で用いる弓箭の場合は直射では甲冑に対する充分な貫通力が有るようですが、曲射の場合生身だと充分死傷する威力ですが装甲や盾での防護がある程度可能なようです。曲射に対し鉄の甲冑だと充分な防御でしょう。
 弓箭の直射は音速前後の銃弾に比べ速度は遅いもののそれなりの高速(最速250km/h程度らしい)で、鋼鉄の鋭利な鏃と質量による威力は侮れないでしょう。
      
 元々甲冑や盾といった防御武器は人体を防護する為に作られているものですが「矛盾」といわれるように完全な防護能力が約束されるものでもありません。その時代の技術力やコストと運動性や攻撃力等との兼ね合いで存在するものです。
 投射兵器においては自分が攻撃可能な射程の範囲や移動の損得に基づいて実用性の範囲で作られます。
 ヨーロッパ中世後期の「騎士」のプレート−アーマーも極端に動き難いものではなく比較的軽い鋼を用い重量の負荷を分散させる事で充分に自由な活動が可能です。
 古代には主流であった手盾は甲冑の進歩により役割が下がります。多くの場合両手持ち武器を用いた方がメリットが有るとされたようです。
 身分的な表象でも有る甲冑は技術・戦術の変化や社会的な状況によって変化して来ました。
       
 誤解があるかもしれませんが銃器以前の戦闘でも死傷の多くは投射兵器によるものでした。
 中世初期から戦国時代までの日本でも少なくとも半数以上の戦死者は弓箭や投石によるものだったようです。
 最大8割以上が投射兵器に拠るものだとの推計もあります。
   
 甲冑を着ていても近距離だと射ち抜かれる事は常識でした。
 よく知られた写真が有ります。フライパン(鋼鉄製)を和弓で打ち抜いたものです。
>弓馬の道  玉川学園・玉川大学
http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakura/kyuba.html
 別の実験の動画です。
> 22年ぶりの弓日記 フライパンw
http://blogs.yahoo.co.jp/ryuzoudou/37208648.html
 
 ここでは距離はわかり難いですが一般的な和弓の射場は28m(近的)とされています。
 一般的な現代の弓道で用いる和弓の場合成人男性用の標準的なもので20kg程度の弓力(引く力=矢箭に与えられる力)の様です。
 現代でも「弓道」として射形にも拘る修養的な側面だけではなく武芸としての威力にも目を向ける和弓の形も一部では残っています。
 本来は兜(冑)を射抜く相当高度な試技とされているようです。
弓道のすすめ 弓道座談会 堅物射http://ecoecoman.com/kyudo/bbs200906itm/2008031123281094.html
       
 この例から見ると通常より強い30kg以上の弓を用いるとされているのかもしれません。
 名人達人の類の特殊例ではない威力についてはこれが参考になります。 
>堅物射貫トーナメント KAZUUの場合     
>(第一回)http://blogs.yahoo.co.jp/kazuukkk/14337394.html          
>第二回 http://blogs.yahoo.co.jp/kazuukkk/31688255.html  
>第三回 http://blogs.yahoo.co.jp/kazuukkk/34674027.html 
   
 鉄板(鋼板?)の詳細がよくわかりませんが0.8mm、1mm、1.2mmの物が用意され、固定すれば比較的射抜けるようですが固定せず、ぶら下げると厳しいようです。腕前によるようで貫通については確実性は高くは無いようです。
 日本の甲冑としてはたしか防御力が高く丈夫で知られた明珍冑で厚さは2mm程度です、鉢の重さは1.5kg迄、(それ以上は重い)*1。一般に南蛮胴であっても甲はもっと薄いでしょう。標準的なプレートメイルで1.2mmまでだそうです。強度は上のフライパンと同程度とされます。鋼と皮の小札を重ねて作る日本の古典的な大鎧でもそれほど大きくは変わらないでしょう。
 重いチェインメイル(鎖帷子)やスケイルアーマー(ユーラシア中〜西部の鱗形等)、ラメラーアーマー(日本の小札や中国圏中央アジア北欧等)の類、ヨーロッパのプレートアーマー等様々な形式が存在しますが 「完全な防御力」が有るわけでもないでしょう。 
    
 世界で威力の強い弓としては「トルコ弓」「モンゴル弓」という木と牛等の動物の腱や骨・角を組み合わせて作る複合素材の短弓が知られます。
 和弓の飛距離が実戦用の征矢で200m程度まで軽い鏃で400mと考えられている(勿論曲射でしょう)のに対しこれらの弓は威力の有る重い鏃で400m、軽い鏃だと600mにも達するようです。
        
 性能的に優れた弓は存在し、機能差が存在するのは事実ですが基本的に弓は射手が弦を引いたエネルギーが箭に伝わり、重量×速度^2の形で威力になるものです。射手の「腕力」が攻撃力に転化されただけです。(逆反り弓は加重・加速が高効率)
 正確ではないかもしれませんが昔の標準的な戦闘用の弓の威力は所謂「一人張り」として25〜30kg程度と考えられるのかもしれません。
 伝説的な源為朝の「五人張り」は現実的ではありませんが強弓としては「三人張り」まで有った様です。現実的には30×3の90kgではなく二人張り以上という事で60kg以上とした方が正しいだろうと考えます。
(「○人張り」は弓道での弓用語としては異なった用法もあります)
        
 和弓と同じく長弓で強弓として知られるイングランドの「ロングボウ」も45kgから伝説的なものでも70kg程度のものです。
 現代のアーチェリー競技では20〜25kgの弓で最大90mの距離まで的を狙います。
 日本では法律で使用が禁止されている狩猟用の威力が有りながら引きやすいコンパウンドボウでも75ポンド35kg程度。
 弓の場合は弦を人力で引いたまま狙わなければならないので強弓といえども50〜60kg位が限度でしょう。
 真っ直ぐ打てないと貫通力は低く、箭は空気抵抗が有りますから弓力がそのまま射程の延長には繋がらないでしょう。
   
 これらの点を総合すれば弓の強さ、鏃の硬さ鋭さ、射手の能力そして甲冑の性能、この当たりを勘案した場合20m〜60mでは直射で当たり所が悪くなければ甲冑を射抜きダメージをあたえるのが可能で、貫通力が落ちますが生身の「的」だと狙えるのは直射が90m〜120mまで、まぐれでも当たれば殺傷力が認められるのは200mまで、曲射の場合は余程当たり所が良くないと甲冑に対しては効果が無いが人体への殺傷可能な飛距離は200mから400mまであるでしょうか。
 弓箭で甲冑を射抜くのは鉄炮に比べると確実性が低く、射手や角度によっては射程内でも当たっても貫通しない場合も考えられます。箭の重さや形状にも左右されます。
 弓箭の有効射程の外から装甲兵が突撃する場合約100mとして歩兵だと20秒程、騎兵の場合は10秒程度でしょうか、その間プレッシャーと恐怖の中で射手が打撃を与えないと蹂躙されるという事でしょう。
 これは射手が動揺すると威力の落ちる弓箭は不利で、適切な手順で発射すれば安定している銃が勝る部分です。 
 弓箭からマスケットの時代においても弱点を補うために「鑓衾」等の棹状武器との組み合わせ戦術が取り入れられていたのは必然でしょう。
       
 逆に甲冑は完全に「安全」であるのではなく、ある程度の距離での安全性、射程内ではリスクを下げ、ある意味では反撃までの時間稼ぎを行う目的と運動性や重さによる体力の消耗やコストとのバランスによって作られている。そう考えるべきかもしれません。
 綿甲や皮甲、一部では紙甲が有る程度長い期間用いられていたのも兵科や戦術によっては充分な効力が有ったからでしょう。
 絶対的な貫通力は銃のほうが勝り、矢箭は木の盾でも充分に殺傷力を抑えられますので確実な威力としては劣るでしょう、ジャイロ回転しないマスケットも竹束等で防御は可能ですから戦闘力の絶対的な違いはそれ程の差ではないともいえます。
     
 一方マスケットは火縄式にしろフリントロック式にしろ火薬を包装し装填を容易にした早合を用いても1分間に3発の発射が限界通常の装填だと1分3発で早合を用いると7発程度まで、弓箭のばあいは1分間に6射から12射までが可能。例えば100mを越える距離で弾幕をはる場合には弓箭の方が有利なのでしょう。 
 射程100mmで甲冑に確実にダメージを与え、射手の訓練が容易ですが連射に劣るマスケットとは確実性は低いものの状況によっては絶対に劣るとはいえません。
   
 弓箭の曲射は攻撃の確実性はありませんが敵の足止めや体力を「削る」効果が認められ、機動力を生かすために馬に甲冑を着せない打物騎兵には大きな脅威にもなります。「じゃんけん」の様に相性を考えた戦術が有ったはずです。
           
 ライフル(銃)と後装式が一般化するまでは戦術によっては弓箭でも有る程度対抗する事も出来たといえるかもしれません。
           
 一応こんな風に考える事が出来るのではないでしょうか。
 その3  http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120512/1336752249
 その4 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120514/1336946951
【関連記事】
 猟銃の威力と用途 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20121106

*1:追記:これは飾りの鍬形・前立等や錣(しころ)・吹き返しといった部分を除いた重さです。総重量だと2.5kg迄。