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リテラシーと理解について考える

「幻の酒」プレミア価格の事情 その2

 その1http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120229
        
 もうひとつは生産者から直接酒販店や料飲店に販売するという方式です。
 基本的に小規模な生産者に多いのですが近所の店や特に関わりの深い店等に中間業者を通さずに商品を配送する方式です。
 これは「中抜き」になるのでその地域で営業する中間業者にしてみれば好まれない行為に成ります。特別な理由があるか地域の中間業者でその商品の扱いが無い場合を除いては嫌がられます。
 中間業者を多く用いる大手の生産者は直接販売は基本的に行いません、中間業者は自分の地域で競合する形での「中抜き」をする生産者を扱いたがりません。
 それは当然です。中間業者らが商材を手間とコストを掛けて地域で販売促進をした挙句、「中抜き」されれば商売に成りません。
 ですから直接販売は比較的に小規模で基本的に中間業者との取引の範囲の狭い生産者が取引の少ない地域への販売方式として用いることになります。その地域の中間業者との取引がない場合に限定して行うことが多いようです。
 小売店が注文さえすれば売る所も紹介が無ければ売らない所もあり色々です。
      
 「地酒」とされる比較的に生産量の少なく全国に特約店を持たない流通範囲の狭い日本酒や焼酎の蔵は幾つかの流通方式を組み合わせて販売することが業界でも容認されています。例えば地元県内は特約店を通した間接取引、県外は直接取引としていたりします。その逆の場合や地域ごとに異なる取引形式を用いたり、個人顧客や販売店との直接取引も行うなどの中小の蔵が独自の方針を持つ事も容認されています。
 ですから業者間の情報の伝播やイベントでの営業活動、メディアを通じた情報提供によって蔵自体の工夫や努力により比較的に小さな生産者でも販売促進が可能です。
 中間業者を経ない場合には高コストな商品を割安の価格で販売できたり、販売店や生産者が比較的に多くの利幅を得ることも可能です。
 普通は大手では容認されない「ニッチ(隙間)」的な流通も平行して行われています。
     
 それとは又違う方式として「限定流通特約店」方式というものもあります。
 これは上の二つの方式がどちらも基本的には生産者が「間接的にでもどの業者にも売る」という前提に基づく販売方式であるのに対し、これは多くの場合は生産者と販売店が直接つながる形で特定の販売店「のみ」売るという販売方式です。
      
 基本的には小規模の蔵の生産量には限界があります。特に品質を「売り」にする経営方針を選択した生産者は注文が増えたからといって無理に生産量を増やすと品質が落ちることもあります。売れるからと言ってむやみに取引先を増やすと生産が追いつかず、元から取引のある販売店や消費者に供給できず、結果的に信用をなくすこともあります。注文に応じて投資をし、生産体制を強化した挙句販売が伸びなければ経営が成り立ちません。
       
 特に日本酒の場合は温度や紫外線など影響を受けやすく管理が悪い場合には品質が落ち(焼酎も紫外線には弱い)、本来の状態ではない商品が流通し、評判を悪くする場合も考えられます。管理のできる販売店にのみ売る方針にも意味があります。
 「ブランド価値」と「品質」を守る正当な経営方針の一つです。
                   
 ブランドイメージを守るために簡単に安売りをしたり、意図に沿わない売り方をする販売店との取引を避ける為に生産者の眼に入る範囲でコントロールが可能な信頼できる店を選ぶことにも意味があります。
 評判の良い店に商品が並ぶことにも価値があると考えられます。「目利き」に認められた事は品質への「保証」にもなります。
 店にもその商品が扱える事が他店との差別化になることもあります。
 営業コストも広く薄くではなく集中して用いることができ効率的で、販売店も商材の情報や知識を得やすく、ある程度囲い込みができ固定化した顧客をあてに出来ます。量販店との価格競争にも巻き込まれにくい商品にも成ります。
 特約店に対しては出来る限り商品を供給する責任を負いますが双方にある程度のメリットもあります。
      
 リスクもあります。
 限定流通特約店方式だと中々販路を広げにくく売れない場合に新しい業者を開拓できません。既存の特約店とは違う条件では商品を売る訳にはいかないので特約店に左右され特約店を増やさない限り簡単には売上を上げることはできず、場合によっては下がりはじめると特約店契約自体を辞められ、販売店が減りジリ貧になることも考えられます。
 売れ残りをさばくことができず大量の在庫を抱える可能性も有ります。
 方針変換をするにしても中間業者も販売店もころころ経営方針を変える生産者は信用しません。
      
 現実には生産者もその辺りのリスクを下げる方針を選択していることもあります。
 一つの蔵で複数の銘柄(ブランド)を持ち、ある銘柄では一般の中間業者にも販売し、別銘柄を立ち上げてそれは特約店のみに販売するという形を取ることもあります。スタンダード品を一般流通させ上級銘柄を限定流通方式にしたり、特定のアイテムのみを限定流通させる事もあります。
 一部では特約店から注文された量のみを生産する方式が用いられたり、ある種の割り当て方式で事実上の売り上げノルマを特約店に求める有力な生産者もあります。
      
 完全ではないものの幾つもの蔵の販売権をある程度まとめ、その中間業者が他の地域の中間業者とも連携し、限定流通特約店方式で販売を行うことで知られるのが「名門酒会」として知られる販売システムです。「地酒」の特約店方式としてはよく知られたものです。
 他にも販売店や中間業者が幾つか集まり特定の銘柄をグループ内でのみ販売させるある意味では注文生産方式のようなものもあります。
 単独の業者のみで販売されるプライベートブランドを別に作る生産者もあります。
 「ブランド価値」と「品質」を守り安定生産と経営を「成り立たせる」方式は容易ではなく多くの方向性が有り得ます。
     
 個々の生産者が完全に中間業者のみを使う販売や、地元(普通は県内)では中間業者で他県では直接販売又はその逆の方式、全品限定流通特約店のみでの販売又は一部のみの限定流通ブランドと一般流通品との並立、全国の地域ごとに販売代理店の中間業者を決める方式、蔵から小売店・料飲店への直接販売のみ、特に大手や限定流通方式の蔵では基本的に個人の客には直接販売はしませんが一部の蔵では直販店を経営していたり場合によっては個人に対しての直接販売のみの蔵さえ有ります。近頃はネットでの直接販売に力をいれている蔵もあるようです。
      
 生産者が自らの方針と経営責任に基づき販売方式を選択しています。その蔵にあった流通の仕方を考え、場合によっては組み合わせて行います。消費者には見えない所で多くの試行錯誤や挑戦が行われ「自由競争」の名の下、あらゆる工夫がされます。
 夢と希望を持ち、生き残りをかけ、理想を目指し経営を行います。
      
 「幻の酒」の存在は先ず第一に生産量の少なさに原因があります。
            
 一般的に「幻の酒」は少量生産の高品質なものが多く知名度に対し、生産が追いつきません。
 手作り的な製法で手間やコストを掛けて作る比較的小規模な地方の生産者の製品が多くなります。
 実際にはその地方では大きな生産者の場合もありますが全国の需要に対して応えられるほどの生産力はありません。
 清酒の場合は一部の「四季蔵」を除けば冬場のみの生産になり、芋焼酎でも高品質のものは鮮度の高いさつま芋を用い、その収穫時期が短期間で芋自体の生産量も限定されるために増産は簡単では有りません。
             
 だからといって需要に応じ生産力を上げるために設備の拡張・大規模化や「効率化」を行ったとしても量産による品質の低下を招く事や稀少価値が減ることによる販売の不振が考えられ、信用・信念の問題や経営リスクとしても簡単でありません。
           
 経営理念としても第一にその時点の「取引先」を先ず重視するのは当然です。
 既存の取引先に対する可能な限りの供給を優先します。これは生産者だけではなく流通においても変わりません。
 長く深い付き合いのある取引先や信頼関係のある特約店に対する責任を生産者は重視します。
 ですから基本的には「幻の酒」は限定ルートでの流通が殆どで、新規の取引は簡単ではなく二次問屋を介した流通は余り有りません。
 結果として「幻の酒」の存在は特別な意味を持つことに成ります。
    
 消費者としてはその特別な「幻の酒」により大きな価値を見出します。結果としてその「幻の酒」に対する要求はたかまります。
 どうしてもその「幻の酒」を手に入れたいと取引のない小売店や問屋に対しても注文が来ることに成ります。
 一般の酒は二次流通を通じて殆どがどの販売店でも入荷するので同じように注文が行われます。勿論正規のルートでは手に入りません。
 消費者はその違いを知らないので「頼めば手に入る」と理解しているので当たり前のこととして要求されます。
 販売店や問屋は出来るだけ客の要求に応えようとします。
          
 ですから一般の仕入れからでは無く、その生産者の「取引先」として割合安定的に入荷する小売店等から小売価格で購入した商品をいわば「転売」するルートが存在します。
 小売店の知らないうちに転売されるものだけではなく、生産者との取引量を維持するために過剰に仕入れたり、仲間内の「助け合い」の為に「流したり」、単に「儲かるから」という理由で転売する事も有ります。
 生産者と小売店や業者との関係も複雑で、人間関係や何らかの「貸し借り」等の経緯によってそれが黙認されたりもしてしまいます。
       
 生産者でも一部のアイテムに手間が多く掛かり、少量しか作れず生産コストのかかる売れ筋のアイテム(多くは高額品)と生産としてはメインの標準品アイテムとの「抱き合わせ」的な仕入れを求めるところも有り、売り上げのバランスが仕入れと合わない販売店が余剰のアイテムを転売する場合もあります。
 生産上設備上の都合で少量しか作れないアイテムの製造を成り立たせるために標準品の安定販売が経営上必要な場合も有るそうです。標準品の質が悪いわけではない場合でも販売のバランスが経営上の噛み合わない事もあります。
 標準品の販売実績を基にした配分で限定品の割り当てを行うのは商慣習的に見てもそれほど不当だとは考え難いでしょう。
   
 そこに「ブローカー」的な中間業者が介在したり転売先の販売店の利益が上乗せされていく形になり結果的に「定価」以上の価格のついた「プレミア付き」の「幻の酒」が流通する事にもなります。
 現実には生産者が想定している販売価格ではなく、通常の生産原価とは関係の無い形での販売価格が生産者とは関係が無く付けられ、実際には品質に見合わない様な値段が付けられて売られる事もおきます。
   
 消費者も「限定品」には「弱く」高額な商品や「ブランド品」には過大な期待をしてしまいます。
 結果的に「値段は高いが美味しくは無い幻の酒」が存在してしまう事になります。
 特に問題なのは「ブローカー」的な業者やその商品に思い入れの無い販売店での管理が悪く明らかに「品質が低下した」「幻の酒」までが高額で流通してしまう事もある点です。
 生産者には責任も無いにもかかわらず「幻の酒は高額で不味い」といった「風評被害」も起きます。
 消費者もわざわざ高い金額を払い「幻の酒」を入手したにもかかわらず価格に見合わない商品であったり、明らかに品質の低下した商品である場合には当然腹の虫が収まりません。
 「不満」そのものは妥当ですがそれがその「幻の酒」の銘柄に向かうのは適切ではない場合も存在します。
 消費者にとってはその生産者が「悪い」と感じるのでしょうが実際には「濡れ衣」である場合も存在します。
        
 専門的な世界ではその「銘柄」が「何」であるかと同じ位に、どういった流通経路で入手したものかも品質を重んじる「プロ」としては見識が求められます。
 適切な商品をちゃんとした流通経路で入手し適正な管理が行われていてこその「品質」の話になります。
 それが「幻の酒」であるかどうかの前にそれが「まともな商品」かどうかが前提になります。 
 品質を評価する以前の問題も存在します。
 「幻の酒は駄目だ」と言う前に過大に価格の上乗せがされ品質が低下した「幻の酒」が存在することは覚えていてください。
 評価をする前にそれがその生産者が目指していた「ほんものなのか」という点を見極める事も「リテラシー」です。
  
 その3 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120403/1333441176