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リテラシーと理解について考える

近代以前の投射兵器の威力を検討してみる その3

 その1 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120430/1335773078 
 その2 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120506/1336314040
         
 大きく分ければ弓の一種になる「弩」。基本的には「ど」「いしゆみ」「おおゆみ」と読みます。「石弓」だと石を飛ばす道具になるらしいので避けるべき表記だそうです。英語では「クロスボウ」といいます。「ボウガン」はもともと特定の商品の登録商標です。
 形態としては弓を器具に固定し弦を引いた状態に保つ事が出来、簡単な操作で発射操作を行う武器になります。

 弓に比べ優れている点としては、人間が力を入れたまま弓を引いた状態からではなく比較的容易に照準を定めてから打つことが出来る。両手だけではなく足など全身を用いて弓を引ける(引いた状態に出来る)、場合によってはペダルやベルトや梃子、巻き上げ機に滑車等の機構・装置を用いて弓を引く力に用いることが出来るので強力なエネルギーの矢を放てる。という点でしょう。
 基本的には弓箭に比べ威力が安定していて強力です。特に甲冑に対する貫通力はよく知られます。
 発射が簡単で訓練が容易である事も重要な点です。
 
        
 日本では古代に中国から伝えられましたが地形や戦術、文化の関係でそれ程用いられる事はありませんでしたが多くの社会では一般的に用いられ大きな力を発揮しました。大型の脚架付きの物は城郭の防御や攻撃にも使われました。
 戦士階級が支配的な社会では手持ちの弩は「雑兵」が優位に立てるので「不名誉な武器」とされる場合もあったようです。
       
 どの程度「強力」なものが可能なのか現在スポーツや趣味として用いられている物から見てみましょう。
>防犯・護身グッズの専門ショップ【ボディーガード】  
>アーチェリー http://www.body-guard.jp/kate/ache.htm 
 恐らく初心者用だろう10ポンド(4.5kg)のものから(日本では認められてはいない)本来狩猟用らしい75ポンド(35kg)のものまでです。50〜65ポンド(23〜29kg)のものが「強い弓」として標準的なようです。
>ボウガン・クロスボウ http://www.body-guard.jp/kate/bougan.htm
 片手持ち用の50ポンド(23kg)の物も有りますが弱くて60ポンド(27kg)、最も強力な物としては250ポンド(113kg)の物まであります。「強いクロスボウ」の標準は150〜180ポンド(68〜81kg)だと考えられているように見えます。
                
 これがパワーの差だと考えるとクロスボウはアーチェリー等の弓よりも2倍から3倍近い威力がある事になります。
 実際、甲冑に対する貫通力としては弩の方が優れているとされます。
 ではその具体的な射程はどうなのでしょう。射程も倍以上なのでしょうか。
              
 競技としてのクロスボウ(ボウガン)としては国内では30mまで「国際大会形式フィールドディビジョン」では最長65mがあるそうです。寧ろアーチェリーとも変わらない距離です。
>弓友会 
http://www.geocities.co.jp/Athlete-Sparta/5496/syoukai.html
   
 精密射撃と「戦闘」は異なるかもしれません、競技用以外の強力な物についてです。

>完全武装ドットコム 飛距離
http://www.kanzenbusou.com/bow/km/
80ポンドピストルクロスボウ → 100m弱
150ポンドクロスボウ → 200m強
185ポンドコンパウンドボウ → 300m強
などといわれています。
これは単純に飛距離を出すために軽い矢を斜め45°程度で撃った場合です。
もちろん無風状態で弦や弓の劣化は無いと想定したものです。
海外では狩猟が認められていますが、狩猟に150ポンドクロスボウを使う場合、鹿などをしとめる場合の有効射程距離は40mほどといわれています。
単純に的撃ちなら50mくらいは狙えます

 上の記事はクロスボウの販売業者の方の記述です。
 過小評価をしているとは考え難いでしょう。
 狙える有効距離は人物大だと最大60〜70m程度と考えられます。鹿撃ちに必要なストッピングパワーは現在のライフル銃だと.270〜.308辺りか20GAスラグ位でしょうか。
          
 弩は近距離では絶大な威力は有るのでしょうが「弓」の強さの割には距離には結びつきません。
 これはまず第一に矢(箭)の形状によると考えられます。
 手持ちの弩の場合機構上「太矢」という短くて太い矢が用いられます。矢羽根も小振りです。弩やクロスボウの矢は弓箭の物に比べ安定性が低く直進し難く空気抵抗によって減速・落下します。曲射でも飛距離はそれほど伸びず貫通力も低下します。
 (追記:ライフリングのある銃弾に比べると)殆どジャイロ回転しない矢は速度が上がると空気抵抗が大きく急速にエネルギーを失います。
 強い弩であっても生身に対しても殺傷可能距離は100mを超える程度、最大で200m程度でしょうか。曲射だと360m位飛ぶらしいですが貫通力は無いでしょう。
   
 そうなると弩の場合毎分発射数の部分が弱点になります。単純なレバー式・ペダル式で1分4射程度、強力ですが複雑な巻き上げ式だと1分1射程度とされます。単純な弓箭を淘汰出来ず、威力の勝るマスケットの登場で野戦からは消える理由がわかります。
   
 「射」に続いて「投」の武器についても調べてみます。
    
 最も原始的な手投げ武器としては「投石」が有ります。
 ご存知でしょうが投擲された堅い石は充分な殺傷能力があります。
 日本でも「飛礫(つぶて)」「印地打ち」といわれ戦国時代でも戦力として扱われました。戦闘の帰趨を決したのが投石によるものである戦闘も有ったようで、多くの死傷者を出す事はよくありました。
 これは日本だけではなく世界中の戦争でも同じで少なくとも中世末期までは多くの戦闘で一定の役割を担いました。
 基本的にはコストが低い割に効果が見込める有用な武器です。鉛等で専用の弾を作る場合もあります。 
    
 現在の野球の一流の競技者だとボールを100m程は投げます。中学生の野球部の遠投で60〜70m程度まで投げる生徒も珍しくはありません。
 勿論石はそれよりも重く投げ難い物なので殺傷能力の有るだろうこぶし程度までの石では50m程度までが限界でしょう。
          
 しかし投石を武器として用いる場合には飛距離を伸ばすための道具があります。
 多く用いられるのは「投石紐」という簡単な仕組みです。紐や帯状の物の一方の端を主に人差し指に「固定」し、もう一方を親指で握ります。二つ折りになりU字型になる紐の中央に石を乗せ頭の上で強く回転させ親指を離し的に向けて飛ばしたり、大きく振りかぶって勢いを付けて投げたりします。
 遠心力を用いて遠くに飛ばす事が出来ます。伝説では三町(300m強)を超えるともされますが、現実には最低100mから200mまでの距離が充分に考えられるでしょう。重みの有る石の場合は飛距離と有効射程はほぼ同じでしょう。それなりの訓練は必要とされます。
 極簡単に手拭いの様なものでも効果があり、棒の先に紐を付ける等して石を梃子を用いて投げる器具も知られます。
 命中精度は低く敵が密集していないと効果は低いと思われます。甲冑を破壊することは難しいでしょうが中の人間に対して充分にダメージを与える事が可能です。
    
 もう一つ投擲武器として重要な物としては「投げやり」があります。
  
 よく知られている物としては古代ローマ帝国軍の「ピルム」等と呼ばれるものがあります。ローマはエトルリアから学んだともされますが「ピルム」は細長い鋼鉄製の穂先を持ちます。
 人体への殺傷力は勿論、当時の地中海世界の標準的な戦術である盾を用いる重装歩兵の密集方陣ファランクス」に対し、やりの穂先の届かない範囲から投擲し、重さによる運動エネルギーと鋭さ硬さで盾を貫通させ殺傷します。
 穂先に抜き難くさせる「返し」がついていたり刺さると曲がる程度の強度にすることで傷つける事が出来ないまでも、盾を突き刺す事で使用出来なくさせる事が出来ます。
 通常は2本乃至は3本の重さや長さの違うやりを持ち、遠距離用の軽い物、近距離用の重い物と投げ分け、相手の陣形が崩れたところにグラディウスと呼ばれる短い剣を持ち、切り込みます。
    
 現在の日本の中学生の陸上競技の「やり投げ」で50m程度は投げるらしいので当時の殺傷力のあるやりでも重いので20m、軽い物だとそれ以上の有効射程距離が有ると考えられます。詳細はわかりませんがそういった実証結果も有るらしいです。
 革製の投槍補助具を用い(おそらく遠心力・反発力を使うamentum)30〜60m投げたという説もあります。
 古代ローマ以外でも梃子を使う投槍具も存在します。100m以上飛ばせるともいわれます。
 飛翔速度は遅いでしょうが放物運動ですから重ささえあれば甲冑に対しても一定の貫通力があるでしょう。
  
 投擲武器の弱点としては回転させる投石紐の場合は周囲にスペース、そのまま投げても梃子を用いる場合でも距離を稼ぐ為に助走が必要な点でしょう。
    
 ここまでで投射兵器の威力を纏めてみます。
 マスケットは狙って当てられる距離が50m、確実に甲冑を打ち抜くのは100m強まで、生身への殺傷力は恐らく200〜300m。1分3発。早合使用で最高で1分7発程度
 弓箭は狙って当たり射抜けるのは貫通は不確実で20〜60m 、当たるのは100m前後、生身で直射で殺傷力は200m、曲射で最大400m。1分狙うと6射、弾幕は12射。
 弩は狙って当たりほぼ確実に射抜けるのが50m強、威力があるのは100m程度、生身への殺傷力は200m以下。強い弩で1分1射、通常で4射。
 投石は命中率はともかく器具を用いて100〜200mまで殺傷能力の有る弾が飛ばせ比較的安価に弾幕が張れる。1分3〜5発程度でしょうか。
 投げやりは射程は20m前後、投槍具を用いると30〜60m。弾数も少ないが近距離だと侮れない。
 そんな感じでしょうか。一長一短なのが興味深いと思います。
     
 ハンドウェポン(投射武器)に限定しましたが射程や特性を考慮すると見えてくる物があります。
 近代以前の戦史・戦闘記録を見る場合にこのような見方をすると面白いかもしれません。
 興味を持って調べてみたところ、纏まった物が存在しないのと、理路が混乱したような断片的な伝聞が多く見えたので無知の蛮勇を承知で書いてみました。より確からしい事実があれば御教示戴きたいです。
 
 以前にあった「2ちゃんねる」でのこの件についてのログの記録です。
 此方のこの記事とは見解も異なる部分もありますがご興味のある方はどうぞ。重いです。>弓弩全般スレ http://mimizun.com/log/2ch/whis/1046634307
   
 その1に書いたオンライン小説ではこの特性を「人同士の戦い」を基準にしたような戦闘シーンが描かれていたように読めたので、その作品の人間をはるかに超える体力を持つ戦士階級の「魔物・魔人」の戦いとしては幾らか弱すぎるような気がした訳です。フィクションですから目くじらを立てる事では有りませんが…。
 身体エネルギーが反映するタイプの近代以前の投射武器の場合「超人」がいれば条件が異なります。
 身体の強健な「怪物」だと武器の役割や防御も異なります。
 しかし(読んではいませんが)書籍化される際に相当手を入れたそうです。この辺りもより洗練された描写になったのでしょう。素晴らしい事です。
  
 その4 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120514/1336946951
【関連記事】
 猟銃の威力と用途 http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20121106