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リテラシーと理解について考える

天然酵母とは パン編

 一般に酵母とは菌類の一種サッカロミセス セルビシエ(Saccharomyces cerevisiae)というカビやキノコの仲間の単細胞の微生物です。イーストとも云い今までに300種類以上が確認され、自然界一般に広く存在します。
 糖分をアルコールと炭酸ガスに分解・代謝しながら成長・増殖し、独特の風味や成分を生成します。パン類や酒類や醤油・味噌などの醸造・発酵食品に多く用いられます。
     
 人間は現在に至るまで生物を「人工的」に作ることはできていませんので、酵母又はイーストというのは全て自然に存在する酵母とその子孫になります。
 では「天然酵母」とは何なのでしょう。
  
 現在、一般的に醸造・発酵に用いられることが多い酵母はその中から用途に合うものを選抜し純粋培養されたものが多いです。安定的に発酵が進みその食品に合った香りや味わいを持つ物が選び出され、植物と同じように選抜と培養が行われ品種改良も行われています。
    
 それに対し一部で用いられる「天然酵母」というのはその用語本来としては「野生酵母」呼ぶべき菌類で、無選抜の基本的にはいくつかの種類の酵母と場合によっては乳酸菌等やその他の菌の入り混じったままの不安定で、どちらかと言えば癖の有る香りや味わいを持つ菌の集団(株といいます)を指すはずです。
 発酵を行う酵母そのものは基本的に選抜酵母も「天然酵母」も「同じ生き物」で基本的に安全性や機能もほぼ変わらないものです。「天然」であること自体が特に「健康」に良いなどの「効果」が有るという事は簡単には考えられません。

 一部で問題視する方のいる酵母の「イーストフード」も安全性に問題はありません。

日本生協連安全政策推進室
日本生協連では、イーストフードそれ自体の適正な使用については、安全性上問題はないと考えています。
 http://jccu.coop/food-safety/qa/qa01_03.html
 使われている成分は安全性が確認されたもので、ごく微量の使用ですから身体に影響を与える事は考えられません。パン類の製造には有用な安心して用いることの出来る成分です。
    
 では近頃見られる「天然酵母・自然酵母」といった表現についての説明を試みます。
  
 まず一番目につくパン類についてです。
 家庭で作る場合等で行われるのは多くの果物の表皮や穀物に元々生息する酵母を自家培養した「天然酵母」です。基本的には糖分等酵母に適した成分を含んだ水溶液に果皮などを漬け込み培養し、その液に小麦粉を混ぜ元種(もとだね)というものを作り、それを用いてパンなどの発酵食品に利用します。
    
 うまく酵母が増殖すると人体に有害な菌などの問題は無い様で、失敗は見た目や匂いや風味などでそれと確認できるので、古くから広く実用化されていた技法です。
 近代に入ってから先進国ではより発酵に適した酵母が選抜され、その地域の嗜好やパン等の種類に合わせたものが販売され用いられていますが、未だに多くの地域の家庭や「伝統的」な製造法が用いられる地場の産業では「自然」から採取された野生の酵母が当たり前に用いられている事も事実です。
    
 選抜酵母は一般に旺盛で安定した発酵により比較的癖のない優れた香気とバランスの良い生地に仕上がることが多く、高品質なパン類を安全に安定して供給できます。基本的に糖分を殆ど添加せずに作るバケット類や多くの生地をきめ細かく発酵させる食パン類、日本特有の甘い菓子パンまで製法や味わいにあわせ多くの種類の選抜酵母が用途に合わせて用いられています。

 一方現在でも先進国の製パンに於いても野生の酵母は用いられています。
 
 比較的高価なパンの専門店で用いられる天然酵母には具体的に使用の目的があります。
 多くの種類の酵母や乳酸菌等が「共存」して生育している「株」と言われる「生態系」を用いる事で独特の風味を生み出す目的で、経験と実証に基づく技術により必要に合わせて「株」「種(たね)」という集団の単位で培養され利用されます。
 それらの「天然酵母」はほぼ単一の酵母のみが含まれる「イースト」には無い独特の味わいを発酵において作り出すことが出来ると考えられています。

 良く知られたものに小麦全粒粉等から培養されバケットなどに使われるルヴァン種、ライ麦から採れる小麦以外の麦を使うパンに用いられるサワー種、ビールに使われる香草ホップとジャガイモを用い作られるホップ種、干しブドウから作られるレーズン種やレモン種などフルーツ種、特殊なものにイタリアのパネトーネ種や酒種等の様な物があります。
 いずれも何種類もの酵母と乳酸菌等が混ざった状態にある「不純」な菌の集団で、加工や管理が難しく不効率な野生の酵母(群)ですが、上手く用いれば優れた味わいを持つパンを作ることができます。生地のタイプによって使い分けることも多いです。
 ルヴァン種やサワー種、パネトーネ種のようにそれを培養し乾燥させたドライイーストや液体の形でも流通している物も有ります。物によっては選抜酵母ブレンドされコントロールをし易くする事も有るようです。
 専門的なパン屋では選抜酵母も含め目的により使い分けられる事も多く、「天然」と「選抜」を対立するものでは無い形で適材適所で利用されていることも一般的です。
  
 家庭用としてもいちいち購入せざるを得ない選抜酵母を用いる事に比べ自分で培養できる「天然酵母」は工夫のし甲斐があり、リスクは有るものの上手くいけばコスト的にも味的にも見返りがあり、遣り甲斐を感じる「生活」の一部となり得ます。
 香りや味わいのバリエーションも楽しめ製法自体は否定できるものとも思えません。
   
 日本のパン類の「天然酵母」の話を複雑にしているのが一部で用いられている乾燥酵母等で、「天然酵母」を名乗る微生物資材です。理屈の上では選抜培養酵母ですから所謂市販の「イースト」と基本的には変わらないものです。 「白神こだま酵母」「ホシノ天然酵母」「発芽玄米パン酵母種」などです。

 このうち「白神こだま酵母」自体は生産者自体は「天然酵母」を名乗っていません。流通段階でその様に話が変わり使用者が「天然酵母」として用いている様にも見えます。
秋田県農林水産部流通経済課
 http://www.pref.akita.jp/ryutukei/sirakami/sub1.htm
>株式会社サラ秋田白神
>一切の添加物を加えない、自然のままの野生酵母です。発酵力を強める働きをする物質や保存料などの添加物をまったく加えていません。「野生酵母」とは、学術的に「交配、突然変異処理、細胞融合、遺伝子組み換え等の育種操作を受けていないもの」をいいます。
 http://www.sala1.jp/about/property.html
     
 「発芽玄米パン酵母種R-50」も会社自体も基本的にはその様な説明はしていないようです。
>アサヒ酵母株式会社
>健康食品としても知られる発芽玄米粉や、モルトエキスで培養した自社酵母などを組み合わせた酵母種です。
インスタントドライイーストも配合して発酵力を高めてありますので、市販のイーストを使わずに、本品だけでもっちり感のあるパン作りが可能です。
http://www.asahikoubo.co.jp/SHOP/h02.html
   
 「ホシノ天然酵母」は自らその様に称しているようです。
>有限会社ホシノ天然酵母パン種http://www.hoshino-koubo.co.jp/ 
    
 実際に流通している「安心食品」や「健康食品」的なイメージで売られる「天然酵母・自然酵母パン」には業界でも問題視はされているようです。
   
>パン食普及協議会 パンのはなし パン酵母とは 
 http://www.panstory.jp/fQ&A/q/q004.htm 

>日本パン技術研究所 「天然酵母表示問題に関する見解」
>近年の消費者は“天然”という言
葉に強い安心感を持っていますが、この天然という言葉を食品企業が使う場合には、その製品を天然という言葉で強調し他の製品と差別化する科学的な根拠があるのか、また天然を強調する事が消費者の利益に繋がるのか等を真剣に考慮する必要があると考えられます。
これらを適切に行わずに、安易に、イメージだけで、天然という言葉を使うのであれば、その製品、その企業、強いてはその業界が何れ消費者の信頼を失う事になり兼ねないと考えます。本報告書の見解はこのような視点に立って、天然酵母表示に関して客観的に検討したものです。パン業界が今後益々消費者の信頼を得て行くためには、現状の天然酵母表示には何らかの改善が必要であると考えられます。
特に、手間暇をかけた発酵種による特殊な美味しさのパンづくりを行っているベーカリーの中で、天然酵母パンの表示に重きを置くベーカリーにとりましては、天然酵母の表示が定着し、この変更を検討する事に強い抵抗感があると思われますが、消費者の真の信頼を得るためには天然酵母に変わる適切な表示が望まれます。また、これを実施する際には、消費者への製品特徴の説明が表示、ポップ、ホームページ、あるいは口頭で適切になされるのであれば、天然酵母パンと表示している現状以上に消費者の高い評価を受ける事になると思われます。手間暇をかけた発酵種による独特な美味しさ、バラエティ豊かなパン作りは、我国のパン市場活性化の為にも非常に大切な事であると考えています。
 http://www.panstory.jp/fQ&A/tennenkobohyoji.pdf

 
  乳酸菌の多く生息するパネトーネ種等を用いた発酵では腐敗や食中毒の原因菌の繁殖が起きにくい生地を作ることが出来るので衛生管理や包装を工夫すれば消費期限の長いパンを生産することも出来ています。その様なタイプのパン類にも「天然酵母」という表記がされるのもその点では面倒な話です。
   
 パン類に於ける「天然酵母」とは元々存在し実際に味わいに意味を持つ不効率であるが高度な技術に基づくパンの製法とその販売に利用されるイメージに、文脈の異なる二分法として用いられる「天然・自然」といったマジックワードが絡みつき過大に意味付けがされた事の問題でしょう。
 説明が簡単で販売に有効な表現なのであやふやな意味で用いられています。
    
参考

>オカルト・超科学批判のページ
>「天然神話」に意味があるか 〜「天然酵母」をめぐって
 http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/4225/i_si/koubo.html

 醸造http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20110110/1294585299に続く