アメリカンコミックス、コミックブック(COMIC BOOK)において1950年代初頭に巨大な「悪書追放運動」が沸き起こり、新しい大衆メディアとして成長途中であったかもしれないアメリカの「マンガ文化」に大きな影響を与えました。
「精神科医」が特に根拠のない「研究」とはいえない偏見に満ちた思い込みをまるで「科学的な事実」のように発表し、メディアが危機感を煽り、「善意の良心的な大人」「世を憂う文化人」「道徳的正しさを守ろうとする宗教者」が「共感・納得」をしてしまい、功名心に燃えた政治家が「乗っかり」ます。「子供たちを守るため」に、あらゆる「正しくない」表現を規制する事を求め、業界がそれに屈服し、事実上一部の「ヒーロー物」等以外の表現を自主規制によって抹殺したともいえる大きな事態が起きたとされます。
>有害コミック撲滅!――アメリカを変えた50年代「悪書」狩り デヴィッド・ハジュー著 小野耕世・中山ゆかり訳 岩波書店
- 作者: デヴィッド・ハジュー,小野耕世,中山ゆかり
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現在でも残るヒーロー物だけではなく目先の売れ行きを求めたスキャンダラスな表現、誰かの成功作を真似ただけの二番煎じ三番煎じ、エログロナンセンス残酷趣味、犯罪実録物、ホラーやオカルトとメロドラマ、過激な風刺やブラックユーモア。高品質な物も有りますが大変くだらない物も大量に作られます。
表現の可能性を感じさせる面白い状況でこの部分はアメコミ史としても大変面白い部分です。
そして当時のマッカーシズムと並行する形で「アメリカの内なる敵」である「社会・文化・家庭・教育の破壊者」として俗悪な「有害コミック」が槍玉にあがります。
焚書を含む撲滅運動が全国で展開されコミックブックを扱う店自体がボイコットの対象とされます。
出版社やコミック制作サイドには寝耳に水な状況で不合理な非難が含まれるため対応が遅れます。
小売りと流通から締め上げられた出版社は自主規制を受け入れます。
過激な自主検閲組織が立ち上げられ「コミックスコード」によって「正しくない」表現が排除されます。そしてアメリカンコミックスの発展の可能性の芽が摘まれたといえるかもしれません。
ビジネスとしてのアメリカンコミックスは衰退し、900人近いアーティストが職を失い、人前で「コミック関係者」であったと語る事さえ憚られる状況もあったようです。
現在でも続いているとされるアメリカのコミック規制への経緯が描き出されます。
「自由の国アメリカ」のもう一つの顔です。
日本でこの運動に追随したともいえる「悪書追放運動」では何故か左派左翼が表現規制推進派だったのは興味深い事実です。
その後新たな展開を迎え「復活」した「アメリカンコミックス」史と「9・11」以降のアメリカの「言論」、新たな自主規制、そしてサブカルチャーの空気を描くのがこの本。
>戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌 小田切博 NTT出版
戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌
- 作者: 小田切博
- 出版社/メーカー: NTT出版
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近年の「アメコミ業界」のビジネスや消費者の受容のされ方にも詳しい説明があります。
日本の現在の「マンガ史」では時には手塚治虫が全部一人で作ったようにも見られる書き方もありますが、先人として岡本一平・酒井七馬や横井福次郎がいます。実際には手塚は彼らにも大きな影響を受けています。
そしてその彼らが大きな影響を受けたのがアメリカの戦前のコミックストリップであることは余り知られていないのかもしれません。初期の「手塚」には戦前のアメリカンコミックスにも見られる表現が数多くあります*1。
戦後開花した現在の日本マンガにもアメリカンコミックの影響は少なくは有りません。
コミックの元祖といえるのはヨーロッパ。先駆的な物が19世紀前半から存在したとも考えられます。
その後いわば「停滞」したとも言えますがおそらくアメリカンコミックスの影響もあり独自の表現を産み出します。BD(ベー・デー)「バンド・デシネ」です。
>BD(ベー・デー)―第九の芸術 古永真一
- 作者: 古永真一
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日米とは違い、いわば公的に認められた「芸術」として「政治的」に認められた表現としても独自の存在感を持ちます。
少し残念なのですが細かな歴史的な経緯についてはそれほど詳しく書かれません。
「日本マンガ」だけがコミックだと思っている方がおられるなら、これらの書籍に目を通してより広い視野を手に入れるのも良いかもしれません。何れも面白い本です。
*1:「親爺教育」 ジョージ・マクマナス 1912年等