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リテラシーと理解について考える

「美味しんぼ」風説

 
               
と妥当な指摘をされているジャーナリストの佐々木俊尚氏ですが実はご本人が「美味しんぼ」がらみの「風説の流布」を表現の自由の形でされていたりもします。
        
>『家めしこそ、最高のごちそうである。』
 第3回:1970年代の外食は、化学物質とまがい物の時代だった!HONZ 
http://honz.jp/articles/-/40161
       

日本酒でもそうです。伝統的な日本酒はとても美味しいお酒ですが、太平洋戦争が終わって以降は米不足もあって、純米酒に甘ったるい美味しくないアルコールをどっさり添付するような三増酒三倍増醸清酒)が当たり前になってしまいました。このころの日本酒は本当にまずく、私も貧乏だった学生時代によく飲みましたが、コップから酒がこぼれると濃い砂糖水のように粘りつき、放っておくとコップがテーブルに貼りついてしまうほどでした。
     
地方の酒蔵では伝統的な美味しい純米酒もつくられていたのですが、いまのように全国に販売する手立てがなかった。だからしかたなく大手酒造会社に桶ごと売って、大手はそれにアルコールをぶち込んで水増しして販売していたというひどい悪循環でした。

            
 ご存知の方も多いでしょうがこれはいわゆる「美味しんぼ言説」で事実誤認ないしは曲解に基づく意見です。
              
 個人的には30年近く前から「地酒」業界と関わり地酒酒屋さんや酒蔵蔵元さんともお付き合いさせて戴いたりもしている吟醸酒団体の会員でもあるいわば「関係者」です。
 基本的には多くの大手酒造会社の酒の味には不満で基本的には飲みません。
 「純米酒好き」でもあります。
     
 しかしこの批判は事実に基づかない部分、書きようのおかしな部分があります。
 三倍増醸清酒というのは「甘ったるい美味しくないアルコールをどっさり添付する」のではなく「味のない」グレーンスピリッツ醸造アルコール(5/17修正)と水で増量した清酒に糖類と調味料・酸味料を入れて作る物です。甘く粘りつくのは糖類と調味料です。
 この書き方だと現在作られているアルコール添加の「本醸造酒」に対する間違った非難や忌避を招くでしょう。
 これは「風説の流布」とも言えるのではないのでしょうか。
      
 「地方の酒蔵では伝統的な美味しい純米酒」が作られていたわけではありません、我々の知る「美味しい日本酒」が一般化したのはごく最近です。それほど「伝統的」なわけではありません。
 そして歴史的には灘の清酒造りは技術的にも優越し「味」でシェアを獲得したのです。「桶売り・桶買い」も結果的には基本的に地方の酒蔵に技術供与を行い腐造を減らし「美味しい」酒を造り出せる基盤を提供したともいえるでしょう。
 大手酒造会社も好き好んで「桶買い」をしていたわけではなく米の配給制と酒の生産規制*1によって仕方なく(当時としては)質の劣る地方の酒を仕入れ、客のニーズ(コストと甘口志向)にあわせて三倍増醸清酒にして販売していたという事になります。(【追記】基本的には桶買いの酒は低ランク低価格の物に使われます) 
 逆に桶買いをしなかった灘の白鷹には流通業者からの厳しい突き上げがあった事が知られます。生産が追い付かないぐらいに大手の酒が売れていた時代でした。
 地方の酒蔵も販売のリスクがなく営業のコストもかかからない「桶売り」は充分なメリットがありました。「全国に販売する手立てがなかった」というよりは全国でもその地方でも「地酒」より灘伏見のメーカー物の方が評価が高く80年代後半以前は「地酒」というのは「品質の劣る酒」というニュアンスを持つ呼び名でした。
 実際に高品質な「地酒」が多くの蔵で作られるようになり、無理せず手に入るようになったのは1990年頃からでしょう。
    
 例えば灘の酒造業者の全面協力があったとみられる
>宮水物語―灘五郷の歴史 (1966年) 大阪読売新聞社阪神支局

宮水物語―灘五郷の歴史 (1966年)

宮水物語―灘五郷の歴史 (1966年)

 においても「桶買い・桶売り」は隠すこともなく堂々と書かれています。
        
 三倍増醸清酒(現在は存在しない)からの脱却がコストの都合で遅れたのは事実でそれは問題だとも言えますが、当時も現在も大手に負けないぐらいでアルコールや糖類酸味料添加酒は「地方の酒蔵」でも作られていて、この書き方は印象操作とも言えます。
 配給や規制が無くなった段階で「桶買い桶売り」をやめていればその時点で多くの「地方の酒蔵」が倒れ酷いことになったと考えられます。
 「アルコールをぶち込んで水増しして販売」「悪循環」とはあまりに酷い書かれようです。 
 大手酒造会社に対する否定的な「風説の流布」にも読めます。適切な「取材」はされたのでしょうか。
 根拠の低い否定的な「風評」を流しているとは言えないのでしょうか。
    
美味しんぼ「日本酒の実力」のおかしなところ 相央暇人の神奈川地域情報
http://www7a.biglobe.ne.jp/~souou/sake/oishinbo.html         
>[お酒] 日本酒の歴史〜昭和30-40年 板前日記
http://d.hatena.ne.jp/clementia/20080318/p1   
    
 「桶買い・桶売り」というのは食品を含む多くの生産加工で当たり前に認められた下請け工場によるパーツ生産と変わりません。
 大手酒造会社が自社ブランドで品質に責任をもって「当時」公然と認められた方法と消費者に受け入れられた味の「真っ当」な品物でいまさら「美味しんぼ」的な非難を受けるような「悪事」ではありません。                
>書籍のゴーストライターというエコシステム
http://www.pressa.jp/blog/2014/03/post-14.html
 を書かれた佐々木俊尚氏としては「桶売り・桶買いというエコシステム」とされなければ整合性は無いように考えます。
      
 ですが上記のエッセイは
>簡単、なのに美味い! 家めしこそ、最高のごちそうである。マガジンハウス
簡単、なのに美味い! 家めしこそ、最高のごちそうである。

簡単、なのに美味い! 家めしこそ、最高のごちそうである。

 にも書かれていた記憶もありますので、ご意見を修正されることは難しいでしょう。

*1:【追記】食糧管理制度等が1970年代までは機能していた。