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リテラシーと理解について考える

阪神淡路大震災と灘の酒蔵

 1995年1月17日5時46分兵庫県南部を震源とするマグニチュード7.3の地震が街を襲います。関連死を含め6434人の方が亡くなり3人が行方不明になるという大災害になりました。
   
 摂州灘五郷は清酒の銘醸地として知られ今でも多くの酒蔵が並びます。神戸市の東部から西宮市にかけての地域です。
 震災では日本盛・白鹿・大関・菊正宗・沢の鶴・松竹梅・剣菱富久娘・白鷹等の全国でも名の知られた大手を筆頭に全ての蔵が大きな被害に会いました。
    
 地震の起きた1月半ばは丁度冬の酒造りのピークの時期に当たり、早朝からの酒造りも行われていて杜氏・蔵人や酒造に関わる方達にも亡くなられた方怪我を負われた方が多くいます。
  
 灘では太平洋戦争でも七割の蔵が空襲で焼かれました。
 残った蔵もあり建て直された物も含め多くの木造の蔵が当時は現役でした、そのほとんどが地震により倒壊し多くの犠牲者が出ました。
 当時灘に51社あった酒蔵の7割が木造の蔵でした。実際には大手メーカーでも木造の蔵や建物が多く実際に使われており、その殆どが大きな被害に会いました。
 大手メーカーも多くある灘を工場街のように思われている方も多いのでしょうが震災前は木造の蔵も混在する蔵の街でした
 一部の記念館や記念館に使われていた木造建築は再建されましたが多くの趣ある建造物と命が失われました。
           
 清酒の需要も落ち込む中、大手メーカーは鉄筋の近代的な工場がなんとか残り比較的に早く生産が再開出来ましたが、灘にも多くある中小の蔵も大きな打撃を受けました。実際には震災以降20社が現在迄に廃業しています。
 http://www.nadagogo.ne.jp/kura/kura.html
    
 勿論大手の蔵にとっても厳しい道程でしたが生き残った中小の蔵にも多くの苦難がありました。

 現在「浜福鶴」の銘柄で知られる浜福鶴銘醸は元は「福鶴」という銘柄でした。中堅の蔵ですが地震で仕込蔵が全壊しました。
 杜氏には「蔵」があった場所から「空」が見えたのが印象的だったそうです。
 現在は無濾過で非加熱の「空蔵(くぞう)」という銘柄や古典的な「七ツ梅」という銘柄でも作ります。
 米の味を引き出したメリハリのある現代的な味わいの酒で丁寧な造りの手作りの工程を生かした良いお酒です。
 酒造の工程を見学できる観光蔵で四季醸造蔵でもあります。高品質な特定名称酒で知られる灘を代表する「地酒」です。
 http://www.hamafukutsuru.co.jp/index.html
            
 江戸時代から続く名門で協会第一号酵母の発見や戦前には輸出銘柄としても知られた「櫻正宗」も「兵庫県有形重要文化財」に指定された江戸時代の木造の蔵が全壊しました。
 灘でも中堅の蔵で根強いファンが多くいましたが現在は震災前年に完成した近代的な蔵での製造が行われ、木造の蔵のあとは「櫻宴」というレストランの併設された記念館になっています。肌理細やかで柔らかな味わいが特徴です。
http://www.sakuramasamune.co.jp/
                    
 「福寿」で知られる福寿酒造(旧名)は250年続く蔵でしたが空襲で焼けてしまい戦後に蔵を再建しました。
 しかし生産量の半分を造る木造の蔵は震災で全壊します。
 現在では「神戸酒心館」としてイベントホールやレストランも併設するきれいな蔵で切れのよい上質の酒を醸しています。
 灘の「地酒」として神戸では広く売られています。酒心館中庭の春の枝垂れ桜は見物です。
 http://www.shushinkan.co.jp/index.html
      
 「灘泉」をつくる泉勇之介商店は震災で大きな被害を受け倒壊しましたが木造の蔵を再建しました。
 現在灘五郷で数少ない戦前から残る昔ながらの木造の蔵での酒造りが行われます。蔵は国の登録有形文化財(建造物・産業2次 )に指定されています。
 趣きのある木造の蔵の焼杉の壁に杉玉が映えます。見学には予約が必要です。
 昔ながらの寒造りで醸される酒造りは多くの人の考える「地酒」に最も近いのかも知れません。
 http://www.nadaizumi.com/
【追記2014/01/20】木造蔵のあった場所は売却され蔵は取り壊され更地になりました。
>灘五郷唯一の木造蔵が消滅!灘泉・泉勇之介商店 丹醸&スペペ 飲料マニアと雑学帝王!
 http://blog.livedoor.jp/tanjo0711/archives/53102926.html 
             
 「大黒正宗」の蔵元、安福又四郎商店は震災前は年2万石を造る中堅の蔵でした。木造の蔵は全壊し一時は廃業も考えたそうです。
 蔵を残すために量より質への転換をはかり、現在では残った工場で最盛時の100分の1程の200石程度、寒造りで極少量の酒を造ります。
 比較的安価な「普通酒」であっても高品質で知られる兵庫県吉川町の特A地区で作られる山田錦をふんだんに使い、宮水で丁寧に作られる「灘の男酒」はキレが良く長期の熟成により味にふくらみの増す素晴らしい酒質で地元を中心に全国でも熱心なファンを持ちます。上質な純米酒「梅乃樹」も好調です。
 http://daikoku-m.com/
               
 「泉正宗」という銘柄の老舗、泉酒造は震災で殆どの蔵を焼失しました。それからは銘柄を残すために親戚の香川県琴平の蔵で作られた酒を泉正宗の名で売らざるをえませんでした。それから11年後やっと蔵の再建に向かうことが出来ました。
 震災から12年後の2007年1月17日から自家醸造を復活し「仙介」という銘柄で新たな一歩を歩み始めました。
 それから毎年確実に品質の向上が見られる注目の蔵です。若い蔵人が技術を受け継ぎ、きれいな味わいでも知られます。
 http://www.izumisyuzou.co.jp/
             
 現実には中小の蔵の中には現在も酒造が再開できず休業中の蔵や、生産を他社に委託し名前のみが残る銘柄も少なくはありません。
 他にも酒蔵そのものは廃業しても銘柄が他のメーカーに引き継がれているだけになってしまう蔵も有ります。
 灘では大きな工場が目立つもかも知れませんが小さな蔵では10人にも満たない蔵人が今でほぼ「手作り」で清酒を醸しています。
            
 「瀧鯉」で知られた木村酒造はNHKの朝の連続テレビ小説甘辛しゃん」の舞台になったことでも有名です。
 震災で木造の蔵は倒壊し大きな被害は受けたものの明治時代に作られた洋館を修理し瀧鯉藏元倶楽部・酒匠館として開放していました。
 高品質な特定名称酒でも知られましたが一昨年2009年惜しまれつつも廃業しました。杜氏の方は泉酒造「仙介」に行かれたそうですが銘柄自体は櫻正宗に引き継がれています。
               
 今回の東日本大震災でも多くの酒蔵が被害を受けました。
                
東日本大震災の被災地の酒蔵リスト
 http://togetter.com/li/111699
東日本大震災の被災地の酒蔵の被災の状況など
 http://togetter.com/li/113538
        
>酒蔵被災状況 日本酒LOG
 http://ameblo.jp/aki-agari/entry-10831282376.html
東日本大震災:東北・茨城のお酒関係をまとめてみる。
 http://kuwane.tumblr.com/post/3855649883
             
津波で酒蔵を失った男の再起への誓い 地元の酒を愛する人々がなけなしのお金をカンパ 日経ビジネス
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110421/219540/
            
 に書かれた蔵を津波で押し流され跡地にに立ち入ることすら出来ない「磐城壽」の蔵元の方は灘の安福又四郎商店や泉酒造に見学に来られたようです。
大黒正宗blog 磐城壽・鈴木さんがいらっしゃいました!
>ご家族や蔵の方々は着の身着のままで何とか難を逃れたものの、
>あの津波で蔵から何からすべて失い、
>しかも原発の避難指示区域にあたり、
>戻れるのはいつになるか分からないとのこと…
>それでも、鈴木さんは立ち上がられ、前に進みはじめておられます
 http://blog.livedoor.jp/daikokumasamune/archives/1626044.html
                
 蔵は残っていても酒が駄目になった蔵や、蔵自体が大きな被害を受けたメーカーも多くあり地域自体が大きな打撃を受けた蔵、勿論人的な被害を受けた蔵も多くあるでしょう。
 この先暫く休業せざるを得ない蔵や地元の人の期待に応え銘柄を残す為に「桶買い」やOEMの酒を売らざるをえない蔵も出てくるでしょう。
 この先も当然多くの蔵が失われることにもなり、残った蔵もある程度まででも立ち直るには長い時間が必要です。完全に傷が癒える事はないでしょう。
        
 都市圏で大きな商圏があり、力を貸す大メーカーも多く、蔵にも土地などの資産があった筈の灘五郷でさえ厳しい道程でした。
 町や村が失われた地域や原発事故問題を抱える地域での酒蔵の再建には想像を絶する苦労があるでしょう。
      
 酒蔵だけではなく地域の産業やコミュニティの再生には長い時間がかかります。
 時が過ぎ当事者以外には「歴史」になっていても自分達の生き方を歩み続けることでしょう。
 失われる文化や「伝統」も有るでしょう、しかし人々が大切にしているものがひとつでも多く生き残り、又いつか蘇ることを願います。
 及ばずながらも応援したいと考えます。
      
[おまけ その他の灘の小さな酒蔵]
 新しい銘柄としては万代大澤醸造の「徳若」が2005年に誕生しました。元からあった老舗の蔵から独立してできたのですが軽快な酒質のまだまだ成長途中の小さな蔵です。隣接する大澤本家酒造「寶娘」とともに戦後に建てられた木造の蔵で自家醸造しています。
    
 面白い蔵としては滋賀の太田酒造が灘で造る「道灌」が有ります。ごく少人数で丁寧な造りをする小さな蔵ですが柔らかな味わいの上質な酒です。