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リテラシーと理解について考える

鋼神話の語部

 「日本人」は鋼鉄・はがねに対して思い入れが深い文化を持っているようで、中世には武士以外でも男性の成人の証として刀を持つ文化が存在したそうです。刀や鋼以外でも何らかの「道具」に対し何らかの象徴を読み込む「伝統」も有ると言えるのかもしれません。
      
 近年では失われつつありますが多くの生業でも鋼等の道具には元は外国から入った技術でも独自の工夫を重ね素晴らしい「伝統」を創りあげてきました。機能もデザインも大変優れたモノです。
 鋼だけでは有りませんがおそらく失われていく「手仕事」の文化の記録です。建築史家村松貞次郎氏と写真家岡本茂男氏の「道具曼陀羅」シリーズです。

道具曼陀羅 (1976年)

道具曼陀羅 (1976年)

道具曼陀羅〈続〉 (1978年)

道具曼陀羅〈続〉 (1978年)

道具曼陀羅〈続々〉 (1982年)

道具曼陀羅〈続々〉 (1982年)

新 道具曼陀羅

新 道具曼陀羅

 大変美しい写真と素晴らしい記録です。幾らか感傷的で技術の部分での大袈裟な表現はありますがとても高い水準の歴史と文化の遺産です。
 今では誰にも作ることが出来ず、使いこなす人もいない道具もあります。
   
 興味深い話としては近代道具鍛冶最大の名匠「千代鶴是秀」は決して「玉鋼」を用いず輸入品の「東郷ハガネ」を用いたという話も有ります。千代鶴ら石堂一門は好んで輸入鋼を用いました。
>「千代鶴是秀の系譜」 「左官鏝・道具」の(有)スズキ金物店
http://www.misyuku-suzuki-kanamonoten.com/tiyodurukorehide.html
 勿論ですが逆に「玉鋼」を用いて名品を造り上げる名工も数多くいました。
 どちらにしろ信念に基づき柔軟な思考で「良い物」を造る姿勢には感銘を受けます。
 表面的な「ブランド」や「肩書き」「看板」だけに囚われず、形式に縛られず「より良い物」を目指します。優れたものを採り入れる事を恐れません。
          
 先人や誰かの実績だけを自分自身の名誉とすることに甘んじず、それを自分が守り、より良い方向へ進めていくことでのみ誇りを受け継ぎえる真の「伝統」は存在しました。
 自らは負わない「伝統」や「神話」を他者に振りかざし自己満足を得ようとする「弱さ」は真の誇りとは呼べません。先人への敬意を忘れず、誰かを卑下する為にではなく自分を磨き自らに問う者だけが「伝統」を引き継ぐ資格を持つと考えます。
 もし「技能」そのものは失われたとしても心意気は伝えたいとは感じます。
 現在もヤスキ鋼を筆頭に大同特殊鋼等伝統を引き継ぐ新しい鋼の誇りは息づきます。
 大阪堺や岐阜・関、播州・三木、越前・武生、新潟・燕三条、土佐高知等でも鍛冶の伝統は今も続いています。
                       
 これは日本だけに存在する「職人魂」では有りません。世界中の人々が守り続けた誇りです。
 北欧やドイツ、イギリス、チェコ、スイス、イタリア、ベルギー等のヨーロッパやアラブ、ペルシャやインド等の高度な手業と鋼の伝統は引き継がれています。今でも多くの国々で鍛冶の手仕事は存在します。
              
 日本では知られないアメリカのクラフトマンシップの「鋼の手業」と出会った美しい本です。
アメリカン・カスタム・ナイフ―週刊プレイボーイ特別編集

アメリカン・カスタム・ナイフ―週刊プレイボーイ特別編集

 伝説のアウトドアマン齊藤令介氏が写真家ジェイムス・ウェイヤー氏豊島勝氏と作られました。
    
 これらの本で現在新刊で入手が可能なのは「新 道具曼陀羅」のみですがどこかで見かけられましたら一度手にとってご覧になってください。
 そしてもし機会があれば刃物だけでもなく現代の職人の鋼の手業にも一度触れてみて下さい。
【追記】
>野鍛冶 朝岡康二 法政大学出版局
野鍛冶 (ものと人間の文化史)

野鍛冶 (ものと人間の文化史)

 日本だけではなく中国や東南アジアの鍛冶仕事についても詳しい。
 朝岡康二氏は冶金学・鍛冶技術史の専門家で民俗学者
     
>日本刃物工具新聞発 記者ぽっ歩
http://blogs.yahoo.co.jp/hamonokougunp
 今を生きる刃物・鍛冶仕事の興味深い記事が多く有ります。