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リテラシーと理解について考える

コーベビーフ  KOBE BEEF

 皆さんは基本的には日本では食べる事の出来ない「KOBE BEEF」が有るのをご存知でしょうか。
              
 日本では2001年に牛海綿状脳症BSE)の発生が確認されアメリカでも日本からの牛肉の輸入が禁止されました。
 BSEについてはアメリカと日本では理論上日本の牛肉の方がリスクが高いとされているのが国際的な常識です。……まぁどちらにしても今現在の時点では取あえずリスク管理が充分に行われ事実上問題は無いとしても間違いはありませんが…。
     
 現在でもオーストラリアを筆頭に日本からの牛肉やその他の肉製品の持込や輸入を停止している国は多く有ります。安易に「日本から」だと何処にでも何でも簡単に輸出を出来るほど甘くないのは勿論理解すべきです。
>動物検疫所 http://www.maff.go.jp/aqs/tetuzuki/product/aq1.html#ex_stop
>動物検疫所 BSE http://www.maff.go.jp/aqs/topix/ex/bse.html
 今は口蹄疫が問題。 
>動物検疫所 口蹄疫 http://www.maff.go.jp/aqs/topix/ex/fmd.html
        
 で、日本からの牛肉の輸入が停止されている時期においても実際にはアメリカでは「KOBE BEEF」が流通していました。
 国際的に日本の「和牛」の代名詞としても知られる「KOBE BEEF」ですがアメリカ産「KOBE BEEF」が存在します。
>Kobe Beef America (KBA) http://www.kobe-beef.com/default.aspx
           
 1990年代ごろに日本から和牛が生きたまま輸出され、アメリカの牧畜地で日本式の肥育・繁殖が行われ、ニューヨーク等の大都市の高級レストラン辺りでは「KOBE BEEF」として当たり前のように賞味されています。
 ……中国や韓国で同じ事が行われると日本のテレビや週刊誌等では大盛り上がりになり「ネット」でも大はしゃぎして罵倒する「愛国者」が居るでしょうね。
   
 「神戸ビーフ」が「輸出」された事は無いそうです。
神戸ビーフ・神戸肉流通推進協議会 FAQ
>「神戸ビーフは海外に輸出していますか」「今のところ前例はありません」
 http://www.kobe-niku.jp/contents/faq/index.html#a10
(「www.kobe-beef」を先に「とられている」のが悲しい…)
〔追記〕2012年1月29日神戸ビーフが公式には初めて輸出されました。
神戸ビーフ輸出第1号が出発 加古川からマカオへ 
http://www.kobe-np.co.jp/news/keizai/0004777493.shtml
               
 「普通」に考えるとおかしな事です。なぜアメリカではそれを公然と売るのが可能なのでしょう。
      
 日本でも昔は「赤玉ポートワイン」という甘く調味した果実酒が有った事を覚えている方も多いでしょう。
 今では「赤玉スイートワイン 」と改称されて売られています。
 日本では「マドリッド協定(マドリード協定)」に基づき「原産地名称」を保護すべきであるとの観点から特定の原産地の名称を含む産品の標章についての混同を招く呼称については日本国内の販売であっても(一部を除いて)行われないようです。
   
日本洋酒酒造組合 知る・楽しむ 
 http://www.yoshu.or.jp/enjoy/glossary/others/index.html#madrid
 マドリッド協定
>法庫 http://www.houko.com/00/05/S40/010.HTM
> のらねこ・くろげれのホームページ 
 http://www008.upp.so-net.ne.jp/nora-scape01/jipls02/treaty/madokyo.html
 日本では関税法第71条において原産地についての誤認を生じさせる表示がある貨物は輸入を許可されません。
>税関 原産地を偽った表示等がされている貨物についての規制の概要
 http://www.customs.go.jp/zeikan/seido/origin/index.htm
                
 ところがこのマドリッド協定(虚偽の又は誤認を生じさせる原産地表示の防止に関するマドリッド協定)は加盟国が少なく(東アジアでは日本だけのようです)、そのうえ法整備が無い場合国内的には他者が類似の商標登録が「可能」であったり、文字の違いで「読み方」が「似ている」場合にはその様な表記が可能であったりするそうです。すでにその国で「一般名称」とされている物も容認される場合が有るようです。

 アメリカやオーストラリアでは自国産の「ポートワイン(本来はポルトガル産)」や「シャブリ(これはフランスの地名)」「キアンティ(イタリア)」が売られる事も珍しくは無いと聞きます。
 この点についてはアメリカとヨーロッパ等では長年にわたる利害対立があり、何でも「登録商標」と考える新興国と歴史的な原産地の「伝統」を価値とする国々との溝は中々埋まりません。
     
 ビールのBudweiser(ブドワイゼ、ブドバー、チェコの地名から名付けられたメーカーのドイツ語表記)から「真似た」アメリカのBudweiser(バドワイザー)が有ります。実は「バドワイザー」は契約によりアメリカ等の一部の国でしか使えない商標だそうです。
                     
 議論は有るようですが基本的には「輸出」する場合を除けばアメリカ国内でアメリカ産「KOBE BEEF」を売る事には問題が無い様です。
> Kobe Beef Store Wagyu vs Kobe
 http://www.kobe-beef-store.com/what-is-kobe
>Wagyu Kobe Beef
 http://www.wagyukobebeef.com/
                
 アメリカでは他の国の産地や伝統名称を用いた「類似」商品をアメリカ国内で売る事自体は「商標登録」さえ問題無ければそれ程おかしいとは考えられていない様です。抜け道が有るようです。
 その意味ではアメリカは堂々たる「パクリ」天国ともいえます。他国は抗議は出来ても禁止は難しいようです。
           
 寧ろ現在では多くの場合日本語にも使われる「漢字」を用いる中国等での地元業者等の日本産品との混同を招く商標登録は受理されない事も多くなっているようでは有りますが、アメリカでは力任せに押し通している様にも見えます。
  
 現在では「松坂牛」や「近江牛」などの銘柄和牛については恐らく国際的な商標登録が行われ類似商標についても「押さえてある」のかもしれませんが国際的に名の知れた「KOBE BEEF」についてはアメリカでは「とられてしまった」様です。それか一般名称として理解されているのかもしれません。
        
 実はそれだけではなくアメリカやアメリカ等から「黒毛和種(和牛)」を輸入して育てているオーストラリアではそれらの牛を「WAGYU」として販売していることも事実です。
アメリカ和牛協会 http://www.wagyu.org/
>オーストラリア和牛協会 http://wagyu.une.edu.au/
>オーストラリア和牛フォーラム http://www.australianwagyuforum.com.au/ 
>カナダ和牛協会 http://www.canadianwagyu.ca/
          
>和牛生産牧場ベルツリー・オーストラリア 鈴木 崇雄さん インタビューオーストラリアでWagyuにかける生産者としての熱い思いとは?
 http://www.gogomelbourne.com.au/interview/gourmet/1548.html
   
 オーストラリア産「神戸牛」は中国等に輸出もされているようです。
>澳大利亚纯种神户和牛进军中国市场
 http://www.taoniu.com/rouniu/qiye/2011/0518/45311.html
    
 ヨーロッパでも「和牛」の生産は試みられています。
>Wagyu http://www.wagyu.net/home.html
          
>ブラジル和牛協会 http://www.wagyu.org.br/
 南米・チリの「和牛」生産者。「Kobe Style Wagyu Beef」を名乗る。
>Wagyu Chile  http://www.wagyuchile.cl/somos.php 
 アルゼンチンの「和牛」業者。「Kobe Beef Argentina」を名乗る。
>NW ROYAL http://nwroyal.com.br/en/suppliers/kobe-beef-argentina.html
 オーストラリアで「和牛」の遺伝子(精子)を売る業者。
Mazda Wagyu マツダ和牛 http://www.mazdawagyu.com/
 アイルランドの「和牛」遺伝子業者。「Kobe Wagyu」を名乗る。
> Irish Kobe Wagyu http://www.irishkobewagyu.com/
                       
 他にも「黒毛和種」の血筋の混じった肉牛も生産されていて精肉された形(豪州黒牛など)だけではなく子牛の時期に日本に輸入され日本国内で肥育され「国産牛」としても流通しているようです。
 アメリカやオーストラリア等では自国産「黒毛和種」の牛を日本国内でも品種名でもある「黒毛和種」や「和牛」との名称を(当然原産国・産地名は明記してでも)販売を認めるべきだとも考えているようですが、日本では「(日本)国産」ではない「黒毛和種」や「和牛」を認めるつもりは無い様です。 
農林水産省生産局長 和牛等特色ある食肉の表示に関するガイドラインについて 
 http://www.maff.go.jp/j/press/2007/pdf/20070326press_6b.pdf(※注意PDFです) 
             
 「純血」の血統を盾にして「遺伝子」レベルでの証明を求め、本来の意味には無い「日本産」のみを日本国内では「黒毛和種」や「和牛」とするつもりです。日本的な意味での「血統書」を求めるそうです。
 品種(又は製法)を示す表示は国際的には産地を示す用語と区別される可能性があります。*1
 国際市場ではBSE口蹄疫による輸出規制だけではなくコストの面でも「和牛」の競争は激しいものになるのかも知れません。
                
 ご存知の方も居られるでしょうが「和牛」は「日本古来の純血種」などといった物ではありません。
 明治時代から大正・昭和初期にかけて中国地方辺りの見島牛(天然記念物)などの日本の中でも一部の優れた肉牛に欧米や朝鮮半島等の牛を掛け合わせ品種改良が行われ生み出された「近代」の「発明品」に他なりません。味も生産効率も大きく改善されています。
 元々の日本での役牛の殆どはそれ程肉質が良いわけではなく、小柄で肥育にも向いたものではありません。
 例えば江戸時代に彦根藩の名産品とされた味噌漬けの牛肉も現在の「和牛」とは異なる品種です。
 それはそれで「知的所有権」を持つ素晴らしい産物ではありますが完全な「オリジナル」ではないことも忘れてはいけません。
    
 …余談ですがこの手の話は日本は一方的な被害者なのでしょうか。
 日本では他の国や地方の名称を都合良く用いてはいないのでしょうか。誰かの大事にしている文化を利用していないのでしょうか。
            
 たとえば日本の何処にでも見られる「中華料理」はどうでしょう。 
 中国本土では基本的に見られない「ラーメン」や「焼き餃子」が主力商品としてすえられ、中国人ではなく中国人から学んだわけでもない中国に行ったことも無い人が「中華料理」を拵えているわけです。材料も中国産でも無いものが使われ調理法も異なる「中華料理」が公然と売られています。
 これは「パクリ」ではないのでしょうか。逆の立場の「ニッポン料理」「ジャパン料理」が海外にあるとすれば違和感を感じるでしょう。
 「天津」に「天津飯」が存在しないのもよく知られた話です。
    
 「ナポリタンスパゲティ」がイタリアの「ナポリ」にはないパスタ料理であることもご存知の方は多いでしょう。
 イタリアでは殆ど「ケチャップ」は使われず、生や缶詰のトマトを用いたソースを用います。
 比較的濃厚なソースを用いるナポリでもケチャップとハムやソーセージ玉葱やピーマンを用いる所謂「ナポリタン」は存在しません。
 もとはフランスでトマトを用いたパスタを「ナポリターナ(ナポリ風)」と言う事が有り、それを元に横浜のホテルでトマトソースの「ナポリタン」が作られ、それがケチャップを用いる「ナポリタン」に変化した物だそうです。
    
>横浜発祥「ナポリタン」現在に至るまでの歴史とは?[はまれぽ.com]
 http://hamarepo.com/story.php?story_id=44 
ナポリではなく横浜生まれ、「ナポリタン」こそ日本の正統派スパゲティだ JBPRESS
 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/14149
 日本独自の麺料理です、「アマトリーチェ」とも本来異なります。
   
 元々韓国・朝鮮の発酵漬物であった「キムチ」を日本で浅漬け調味漬物に「改変」し、アメリカに輸出をして問題視されたのも記憶に新しいところです。
(CODEX国際食品規格委員会・コーデックスでキムチの定義と英語の国際名称について争われ日本案が退けられ日本の農産物漬物の日本農林規格も変更を迫られた。詳細は佐々木道雄「キムチの文化史」。)
   
 本来インド周辺の食文化である「カレー」を日本人も「好き放題」に利用しているのはよく眼にします。(「インドカレー」や「ジャワカレー」がクレームが付かないのを当然とする「我々」)
              
 「”ウスター(ウースター)”ソース」も本来イギリスの地名で、現在のリーペリン・ソースの元になった「ウースターソース」のから始まった物です。「偽物」の日本の今の「ウスターソース」とは基本的には異なる物です。
               
 日本では絹の和服をさす「呉服」という言葉の「呉」は中国・揚子江流域の地域名です。
 厳密にすれば色々な困難が予想されます。
            
>第4 講 商標の国際保護条約及び協定 第1 話 マドリッド協定とリスボン協定 細川学著
 http://www.sml.co.jp/public_files/hosokawa-05.pdf(※注意PDFです)
 日本はリスボン協定(原産地名称の保護及び国際登録に関するリスボン協定)を締結していません。
特許庁ホームページ リスボン協定
 http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/pdf/lisbon_agr/lisbon_kyoutei.pdf(※注意PDFです)
      
 WTO設立協定(附属書1c)TRIPS協定についての遵守と法整備も求められるでしょう。
特許庁ホームページ WTOのTRIPS協定第3節地理的表示、第22条 地理的表示の保護      http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/trips/ta/chap3.htm#3setu
     
 この辺りの事柄についてはその社会での経緯や事情もあり、解釈の違い、実害の有無、「グレーゾーン」も存在し、簡単では無い様です。ある部分では「お互い様」とも言えるのかもしれません。
 この先適正な表記基準が出来ればよいと考えますが、日本側でも何らかの譲歩・妥協が必要とされる場合も有るでしょう。
 日本も国内では知的所有権の問題である原産地名称に対する認識と法整備がまだまだなのも事実です。
 「地域団体商標」もヨーロッパ等の地理的表示保護の観点も含める「伝統文化」の知的所有権の定義にもなり得る手法であるはずなのに、単なる「地域おこし」や「お土産」の視点での「名物」作りとして捉えられ、本当の意味での「価値」作りの戦略に欠ける利用も多く見えます。
  「その地域でしか有り得ない特別な個性」であるはずの「原産地名称」を単なる「商標」としてみるだけなら「地域」としての意味は少ないでしょう。                                
 特に「黒毛和種」の和牛が国際的に認められる形の原産地名称とは異なる「品種」でしかなく、「標章」又は「ブランド」的な品質表示とも見られるもので地方名が原産地とは厳密にはいい難い特殊な指標である事も簡単に解決が出来ない部分でしょう。
         
 「神戸ビーフ」「神戸肉」は但馬牛の一部で条件を満たす高級牛肉のみが許可を得て名乗ることが認められています(神戸は基本的に摂津)。品種として存在しない「神戸牛」は幾らか曖昧な名称で俗称ともいえます。
>財団法人日本食肉センター 産地銘柄牛肉検索システム
 http://jbeef.jp/brand/view.cgi?id=99

*1:【追記】ちなみに牛の「ホルスタイン」「ジャージー」や豚の「ヨークシャー」「バークシャー」鶏の「ニューハンプシャー」といった品種も発祥地の地名です。「WAGYU」もその意味では品種名でしょう。