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リテラシーと理解について考える

纏まらない

 嗜好や意味を持つ「文化」を論評するのは社会的な文脈や文化的な蓄積であって「科学」や「合理」はその為の前提や事実関係の確認として用いられるの物であり、価値判断についての客観的な基準を与られる訳ではなく、文化的意味的な基準は寧ろ属人的な評価や判断が当然であり、それを示す側と受け取る側の相互の文化や文脈についての価値観の擦り合わせや対立による関係性とそれを読み解くそれぞれの独立した主体の認識の総合的な合意と個々の価値観のせめぎ合いに本質がある。
  
 という記事を書きだしたにも関わらず途中で投げ出しています。全部で半ダースほど(笑)。
       
 事実関係の議論と意味の論評の混同と混乱について書きたいのだけれど難しいなぁ。価値判断の相互性と情報伝達の階層性やらも関わるのでしょう。
 厳密に区別できる物でもないのだろうけど区別できる部分もあると考えています。
 多くの人は理屈では分かっているんだろうけど少なくとも一部の人達は時々混同する(自分自身も含めて)。
 これを藁人形化したのが「文系理系論」の一部なのかな。