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リテラシーと理解について考える

大前研一氏の農業論

 コメントをさせて戴いたことがある農業技術者の方のブログで読んだのですが、経済評論家大前研一氏の農業についてのご意見です。

>アグリサイエンティストが行く『「世界の最適地で農業を」は最適解か?』
 ブログ主のがんさんとは違う視点ですが、大前氏のこのお話はよく見るタイプの安易な意見ですので少々。
http://gan-jiro.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-668e.html

 菅直人首相は16日の衆院本会議で「若い人でも障壁なく農業に参加
 できるよう農地法など法体系も見直す必要がある」との見解を示しま
 した。

 また、農業従事者の平均年齢が65.8歳と高齢化していることにについて
 「わが国の農業は貿易自由化とは関係なく、このままでは立ちゆかなく
 なる」と強い懸念を示しました。

 私はすでに20年以上前に、拙著「大前研一の新・国富論」の中で
 この問題を指摘し、2005年までに改革する必要性を主張しました。

 国民の平均年齢、農民が抱える様々な問題を考えて、「農業は世界の
 最適地でやるべき」というのが私の一貫した主張です。
〈中略〉
 オーストラリアでの農業、大規模かつ効率的な機械化で日本とは比較
 にならないほど高い生産性を期待できます。

 広大な土地を使い少人数で大々的に機械化された農業を営んでいる姿を
 見たら、若い人はそちらでやってみたいと思うのが自然だと思います。

 中途半端に日本国内に固執するのではなく、「農業は世界の最適地で
 やるべき」という考えに基づいて農業を解放するべきです。

 日本の会社や農民が世界の農業最適地へ行き、そこで作ったものを
 国内に持ってくるという流れを作ることです。そして、間違っても
 日本国内に持ち込む際に「邪魔」をしないようにすることが重要です。

 現実的に日本の若者が国内で農業に従事する、というのは考えづらい
 と思います。まだバングラデシュの若者が日本に来て日本で農業をやる、
 という方が納得します。

 日本の若者がオーストラリアなど国外の農業最適地で農業に携わり、
 そこから日本に農作物を輸入するという流れをぜひ実現してもらいたいと
 私は願っています。
 〔大前研一「ニュースの視点」〕
KON339「「農家もどき」では国民の胃袋を守れない〜世界の最適地で農業を」
http://www.ohmae.biz/koblog/viewpoint/1603.php

 大前研一氏のお書きの話にはミスリードが有る様に読めます。
   
 よく判らないのですが大前氏はなぜオーストラリア等の他国で「日本人」が広大な農地を収得でき、そこに「日本人のみ」で持続的に農業生産を行うことができ「日本のみ」に確実に輸出できる「農業植民地」ができるとお考えなのでしょうか。
 もちろん具体的にはその様には書かれてはいませんがそう読めます。
   
 おそらくどの国でも自国の産業や自国民を優先しています。日本に「輸出」する農産物でも日本人にしか作れないわけではありません。
 理屈の上では技術移転さえすれば誰にでも作れるはずです。
 自国の企業で、出来れば自国の労働者(又は人件費の安い国からの出稼ぎ)で日本の技術で日本向け農作物を作るほうが合理的です。
 人件費が高い日本人は少数の技術者のみでも可能で、長期的にはノウハウさえ移転できればそれも不要です。
 既に日本人の技術指導者を雇い日本向けの農産物を他国で作る事は珍しくはないはずです。そうで無くとも日本企業の委託生産で海外で契約栽培を行う事は一般的な事です。
 大前さんはご存じないのでしょうか?。それともどこかの国で他国の「農業植民地」を認めるような所が有るのでしょうか。
 土地さえ買えば水利も他のインフラも伴う国土を他国人が他国のために作る農産物の為に自由に使えるとでもお考えなのでしょうか。
   
 少なくともオーストラリアは旱魃の問題のある国で、簡単にどこでも農業が出来、誰にでも適地に参入出来るほど無限のフロンティアではありません。水利権は国が管理していて尚且つ近年には塩害の問題もあると聞きます。稲作は期待できませんし日本が必要とする農作物の適地を確保できる根拠は存在しません。
 例えば今の日本の農業の4分の1が海外移転したとして、日本の人口の10%である1200万人を養う農地(現在の日本の食糧自給率は40%位)を確保できる根拠はあるのでしょうか。オーストラリアの今の人口は2200万人(食糧自給率173% 2007年)です。自律的な「輸出」というプロセスと「農業植民地」とは意味が違うはずです。
  
 他の国でもそれ程状況が違うとは考えられません。農業に向いた農地を日本の「農業植民地」を認める場所が具体的にあるとは考えられません。
 それこそ数万人単位の日本人農業者の海外移転はあり得ません。数百人でも多いくらいでしょう。
 海外で日本向きの農産物を生産を行う事と日本の若い農業生産者でそれを行いたいと思う人がいることは基本的には何の関係もありません。国内の農業の話と海外での生産の話は殆ど関係がありません。
 この地球で農地と水に余分があり日本からの「移民」を受け入れる農業適地は余ってはいません。
   
 日本の農業の論点は、人件費が高く国土の狭い先進国では自由経済に基づけば「絶対に成り立たない」現代の農業をどの程度のコストであれば容認できるかについての国民の合意の問題です。
 大前氏の論は「農家棄民」と自由経済国際分業論をごちゃ混ぜにした筋の悪い論です。
 現在も日本人でフランスやニュージーランドでワインを作る生産者もいますが簡単な話ではありません。
   
 農業側の経営合理化の努力の必要性は当然です、農政に問題があるのも事実でしょう、補助金の効率的な配分については改善の余地はあります、小規模農家の集約による効率化は必要でしょう。
 しかし大前氏の論は昔からよくあるリバタリアンの農業論のバリエーションにしか読めません。農業や農政に無知なのか単なるポジショントークなのでしょう。
   
 あえて書けば多くの補助金がつぎ込まれるGDPの1%程度に過ぎない農業を切り捨てるほうが国益だとの「暴論」の方が論理的な意見でしょう(賛同はしません)。
 アメリカやヨーロッパ等先進国でも補助金無しには農業は成り立ちません。EUの予算の半分以上は農業に対する補助金です。
 今の日本では真面目にまともな農業をすれば「職業」として成り立つようにするのかそれとも市場経済の論理で生殺与奪を決めるのかの間で、どの程度の公費の投入を認めるかの「政治的」な問題であると考えます。
 「この国」に農業を成り立たせるためにどこまで負担するかは国民自身が責任を持って決める事であるはずです。
 歴史と伝統のある自国の文化であってもその将来は我々の意志によって決めるしかないのです。
 
 大前研一氏の意見は「農業(や地方の)切り捨て」を根拠もない楽観論で誤魔化した詭弁にしかすぎません。
 上手くいかなかったら「○○が邪魔をした」で済ますつもりが丸見えです。
 「自由貿易主義者」が語るTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)絡みの「ビジネスマン」向けのポジショントークの「評論」か無知な人の思い付きでしかないです(TPPの良し悪しは述べません)。