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リテラシーと理解について考える

話せばわかる事もある

 レストラン(飲食店)業務は基本的には対面で直接的なサービスを行います。対面だからこそおきる誤解もありますがほんの少しの工夫、「歩み寄り」で大きなトラブルを避けることも出来ます。
      
 もう10年以上前なので「時効」だという事でお叱りは覚悟の上書いてしまっても良いでしょうか。
            
 その日のご予約のお客様の料理をお出しし、お食事を済まされたようなのでお座敷の方に挨拶をさせて頂きに伺いました。
 料理の内容にはご満足を頂いた様です。此方も一安心です。
     
 お一人の方がそこで仰った一言に凍りつきます。
「乳製品アレルギーなので和食にして良かった」
       
 此方の顔は青ざめます。ある料理の「隠し味」に少量の「生クリーム」を使っていたのです。
「大変申し訳ございません。○○の隠し味に生クリームを使っています」

 気まずい空気が流れます。そしてつい口を滑らせていしまいました。
「先に仰ってくだされたら何とでも出来ましたのですが…」
 これは保身であり自分の責任を回避する意味があります。お客様の側に「責任」を投げた形になります。
         
 飲食店の料理にはアレルギー食材であっても表示義務はありませんでした。
 近年では大きなチェーン店などでは現在表示に力を入れているところも少なくはありません。
 ですが現在の状況では街の飲食店ではアレルギーなどの身体上のトラブルを抱える方には不親切な「現実」があります。
 好き好んでなった訳ではない身体上のトラブルで障碍を抱えた側が気を使わざるを得ないのは不公平な話です。
 外食も含め多くの社会の「サービス」「インフラ」は何のトラブルも抱えない「健常者」目線で作られていて特に少数の障碍を抱える方に不便を強いる側面があります。
 自分がその立場にならない限り気がつかない見えない障害物、落とし穴は多くあるのでしょう。
 わざわざ自分の抱える障碍の為に選択の狭められたり障碍の申告を求められるのは本来不公平といえるでしょう。
     
 その場ではそれ以上の話にはならず、その後もその件についての何の連絡もありませんでした。大きな事故にはならなかったと思いたいのが正直な気持ちです。 
 その後その店では「乳製品アレルギー」をご自分から申告されるお客様は居られませんでしたので再度のご来店は頂けなかったようです。不明を恥じるばかりです。
     
 時には「向付け」の造り身を全く手を着けられないお客様も居られます。それについてはサービスの段階で目配りするように気をつけ、お声掛けをさせて頂き、加熱してサラダ仕立ての「向付け」に差し替える事にしたりしました。
 魚料理中心の店でご予約の時点でご相談頂き、お一人だけ「魚がダメ」な方に合わせて汲み上げ湯葉やローストビーフを向付けに取り入れたり、鶏料理の店で「鶏がダメ」な方も居られて牛肉や魚介を組み合わせた経験もあります。店や状況にもよりますが先にご相談を頂ければ対応出来る事もあります。
 チェーン店ではない飲食店だからこそ出来るサービスもあります。
  
 食材の問題だけでもないですが何らかの事情については直前にでも「ご相談」頂けるとサービスを行う側には大変助かります。
 「臨機応変」に対応が可能なものについてはその場でも「ご相談」頂ければ出来る事もあります。
 店頭でもご都合やご要望を仰り易い雰囲気を作る事も重要な事です。可能な範囲で対応させて頂くのはサービス業の基本です。
          
 一度あるお客様の身内の方が難病の「クローン病」に罹られていてそれまでは外食を愉しみとされていた方が殆ど外で食事を愉しめないとお聞きしていました。ちょうど此方に来られる事があり食事会をしたいとのご相談を伺いました。
 クローン病は多くの食事制限があります。
クローン病の食事
http://www7a.biglobe.ne.jp/~crohn/crohn2.htm
    
 充分な期間を頂き、資料を調べ、食材と調理法を工夫し、通常のメニューを修正する形で通常の料金での献立をご用意させて頂きました。
 後でお聴きしたところでは問題も無く、とりあえずはご満足を頂いたようです。
 この件では寧ろ此方も技術の幅が広がり大変勉強になりました。アレルギーだけではなくカロリー制限食や肝臓、腎臓病の方の食事などに目を向ける事にも繋がりました。
     
 ですが通常のメニューでは「味」を重視し、アレルギーや制限食を前提としたメニューはご用意しません。これは経営的な理由と料理のスタイルによる此方の「都合」です。
 その意味では特定の問題を抱える方を「排除している」ととられても仕方が無いのかもしれません。何とかなる場合もありますがご来店時に店頭で仰って頂いても対応できない場合もあります。
    
 これをもって「飲食店は弱者を排除している」と捉えるむきもあるでしょう。結果的にそうである事は否定できません。店側も心苦しい部分があるのは事実です。
       
 多くの日本の飲食店では「ハラールフード」というイスラームの戒律にのっとった食材をご用意していません。これもムスリム(イスラム教徒)を「排除している」のではなく経営上やむを得ない判断です。(「移民の宴 高野秀行講談社」によると日本のムスリムは基本的にハラールに背かない「回転寿司」をよく利用されるそうです)少数者にとって不便な状況を全て排除するのは容易ではありません。
      
  「話せばわかる事」もありますがそうでない場合もあります。言い訳に思われるでしょうが少々。
     
 特にその場で「見たところ臨機応変に対応すれば可能」と思われた事でも店としては断らざるを得ない場合もあります。
 まず少なくないのが「思いのほか余裕が無い」という状況です。手を止めているように見えてもタイミングを計っていたり何らかの業務をしている事もあります。
     
 そして店として困るのがある状況において幾らかの余裕があったので「無理をして」行った「臨機応変」を「やれば出来る」と理解される場合があります。その「(無理をした)臨機応変」を「本当は何時でも出来る事」として「既成事実」として求められると困るわけです。
     
 材料などでも余裕がある時とそうでない時、作業が詰まっているときそうでない時、体調や設備の都合などでも様々な状況があります。
 「臨機応変」を前提にされたお客様が何らかの事情でその「臨機応変」が行い得ない場合寧ろ「裏切られた」「酷い扱いを受けた」と理解されるのはサービス業ではよくある話です。結果的に善意で行った「臨機応変」が悲しい結末になる事もあります。
 お客様の方でも可能だと考えていたサービスをその場で断られるのは不愉快なのは当然でしょう。期待を裏切られて楽しい人間はいません。
     
 又聞きされた方が「通常業務」と理解されトラブルになる事も少なくはありません。時々の極少数程度には可能な事が多人数では不可能な「臨機応変」もあります。どなたかには出来た「臨機応変」がご自分にはされないとなると大変腹立たしいと感じるのも人間です。
 そういったトラブルを避ける為に「臨機応変」のハードルを高くせざるを無い部分もあります。基本的に「いつでも可能」では無い「臨機応変」は避けたい立場は否定できません。
 既に他のお客様の「臨機応変」に対応中で余裕が無い事もあります。同時に複数のお客様に対応している店では何故か重なる事があります。
     
 時には事前に相談をすると断られる可能性がある、断られると困る、だからその場でサービスの途中で追加的な「臨機応変」を要求すれば断りにくいだろう、とのお考えの方も居られ、成功体験をお持ちの方も居るのでしょうがこれはアンフェアな行為です。他の客様に皺寄せが行くことが少なくはありません。
 
 小回りのきくように見える小さな店の方がその意味では余裕が少ない場合があるのも現実です。それとその料理人個人やメニューにもよりますが思いのほか調理には集中力が必要な事もあります。リズムが変わると味に影響が出る事もあります。「見た目」よりも実は負担が大きい事もあります。事前に「ご相談」頂けるのとそうでないのには大きな違いがあります。
 どこかのお店では出来た「臨機応変」が別の店では出来ない場合もあります。いろいろと状況が異なるのが普通だと思います。上で書いたような「自分には出来た対応」が誰でも何処でも出来るとは申し上げられません。
 小さな店ほど線引きをきっちりし、マニュアル的な対応しか行えない側面もあります。
      
 困っているお客様に対して「臨機応変」にしたサービスをそうで無いお客様からも求められる事もあります。
 例えば「一杯のかけそば」のようになんらかの事情のある方に特別に一人用の料理を分けて食べられるようにするのは理屈では可能ですが、讃岐の行列の出来る美味しく安価で有名うどん屋さんで見かけましたが「女性の方でも最低お一人様”小”一杯はご注文ください」との張り紙を見た事があります。「食べ歩き」の方が「試食」程度のおつもりで「臨機応変」を求められたのではないかと思います(小で250円程度だった記憶があります)。
    
 「一見さん」についてはその意味で「どこまで臨機応変をすべきか」は難しい部分があります。「臨機応変」を「普通に出来る事」と思われるのは怖いものです。だからといってリピーターの方にだけ「臨機応変」を行うと「常連だけを贔屓している」「差別している」とも理解されかねません。難しいです。ある店で「常連さん」には「臨機応変」なサービスを行っているように見えるのはその店で可能な「臨機応変」の範囲の中で求めているのも多いのではないでしょうか。
 しかし「常連さん」がある「臨機応変」を「通常業務」と受け取られ頻繁に求められたり次の段階の「臨機応変」を求められトラブルになる事も少なくはありません。
 「その場で言えば何とかなるだろう」という方や「臨機応変は当然」とされる方には寧ろ店側は「警戒」し「慎重」に対応します。
     
 一度でも何らかの事情で「臨機応変」でのトラブルがあった場合、その「臨機応変」は「出来なくなる」場合もあります。
 既に何らかの事情でどなたかにお断りせざるを得なかった「臨機応変」については可能であってもお断りせざるを得ないこともあります。ご自分が断られた「臨機応変」を誰かが認められると知るのは大変不愉快なはずです。事前のご連絡のお願いなど何らかの条件をつけて「公平性」を保つ場合もあります。
               
 店によっては現場の人間に与えられた権限に違いがあることもあります。「臨機応変」に出来るように見えるような事が認められない事もあります。「臨機応変」がリスクと責任を負う側面がある場合もあります。その場でご要望されるのではなく出来れば事前に「ご相談」「お問い合わせ」を頂きたいと考えます。
 ご希望に添えないことをお伝えするのは心苦しいものです。結果的に店側の正当性を強調せざるを得ないこともあります。
    
 そして経営スタイルや業態によってはご期待にそえない場合もあります。
 特に価格や基本的なメニュー構成や店舗コンセプトにかかわる事については容易に「臨機応変」が可能に見えても「譲れない」場合もあります。どこかのお店では可能であった「臨機応変」がそのお店では出来ない場合もあります。個別の事情があるという可能性は理解頂きたいと考えます。
 テーマパークや高級ホテル、一流レストランや有名旅館、名人達人等といった「特別なサービス」は例外の側面があります。個人の方の素晴らしい想い出も過度な一般化は難しい話です。
 エンターテイメントの物語は「フィクション」です。物語のように「臨機応変」がすべてハッピーエンドとは限りません。
     
 勿論、言うまでも無いでしょうがサービス業の側も人間です。頭の固い人や難しい性格の人もいます。能力の劣るスタッフや店側に問題があることも「もったい」を付けているだけの事もあるでしょう。賢い人には容易い「臨機応変」が苦手な人間もいます。
 飲食店の「公共性」については業態や規模も多様で状況や理解の幅の社会的な合意が存在しているとはいえません。「サービス」は「コミュニケーション」そのものですから簡単に正解はありません。
    
 しかし個人的には人間同士ですから「話せばわかる事もある」とは考えてはいます。
 まずは事前の余裕がある状況で「ご相談」「お問い合わせ」を頂くのが大変ありがたいと考えます。
 事前の余裕のある段階での打ち合わせは取り返しがつかない、引っ込みがつかなくなる状況を回避する手段でもあります。
             
 個人的にはこれはこれで大袈裟な部分もあると思いますが…         
>おいしい店とのつきあい方。サカキシンイチロウの秘密のノート。予約の準備
http://www.1101.com/restaurant/2003-07-16.html