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リテラシーと理解について考える

「考えるな。調べろ」について

 大阪大学サイバーメディアセンター教授の菊池誠先生(計算統計物理学)の「kikulog 」という自然科学の議論が盛んなブログのコメント欄で「かも ひろやす 」さん(鴨浩靖 奈良女子大理学部准教授)がある方のされた主張に対して書かれたものです。

ブルース・リーの映画「燃えよドラゴン」での台詞「Don't Think. Feel!(考えるな感じろ!)」が元のネタなのかもしれません。
 (「考えるな感じろ」と「考えるな。調べろ」は対立する考えの様にも読めますが実は殆ど同じ事ではないかと認識しています)
    
 こちらの理解としては、文脈としては議論の中で高度な専門教育を受けた理系の人が(恐らく)ご自分の専門ではない分野について(もちろん私は全く理解できていませんが)「論理的」に考えられ強く主張されたのですが、より詳しい方からすればずれていたようで、いくつかのやり取りの後、かもひろやすさんが指摘をされたようです(その方は指摘を受け入れられたようです)。
     
 これは人が「自然科学」だけではなくとも何か新しい知見を得ようとする場合にはとても重要なポイントでしょう。
 よほど優れたセンスがないと有る事について推測する時に単なる知識不足や見落とし、勘違い、思い込み、決めつけなどで前提そのものが間違いで、それを元にいくら深く「論理的」に考察したからといっても意味のある結論に辿り着かない事は充分に有り得るでしょう。
 既に先人がその理路については根拠を元に否定していたり、何らかの矛盾・問題が見つかり放棄された考えかも知れません。
 素人が簡単に考え付くような事は既に研究・検討済みでもあることも多いです。
 少し調べただけでも当然の前提としていた事が何の根拠も無い只の俗説・俗論でしかない事は多いものです。

とはいえ実際には調べる時点でバイアスがかかっていて何らかの方向性に無意識にでも想定している場合には都合のよい情報のみを選択してしまう事に成り得るでしょう。
 何について何処でどんな風に調べるかが重要で、調べさえすれば良い訳でもないでしょう。
 より正確には『考えるな。「ちゃんと」調べろ』でしょうか。
      
 続いて「ちゃんと調べる」について考えます。