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リテラシーと理解について考える

飲食店の経営数字

 ドラマやマンガ、小説などの創作エンターテイメント等で取り上げられる事も多く、嗜好品として論評の対象になる事も多いレストラン(食堂)等の飲食店ですが「夢を売る商売」なので現実の経営の数字はよく知られていないのかもしれません。
 歴史や科学、銃などの武器や法律等の考証はありますが余りに身近なので寧ろご存じない方も多いのでしょう。
       
 しかし「リアル」に作品を読み取りたい方書きたい方、又は社会的に意味のあるレストラン評論・飲食文化論をしたいと考える方や飲食業に興味のある方向けに飲食店経営の初歩的で大まかな計数について僭越ながら概要を書かせて頂きます。
    
 レストランに「夢・ロマン」を感じたい方や「言い訳」を聞きたくない方はこの後は読まない方が良いかも知れません。
 より実務的な店舗マネジメントについては深く書きません。税制上の基準とは異なるのでご注意ください。
       
 まずはお客さんがお支払いになる料金がどのような内訳なのかから入ります。
        
 飲食店の経営数字について先ずご興味があるのは「原価」だと思います。
 一般的には飲食店の「原価率」というのは3割といわれる事が多いと思います。
 例外はありますが現実にはジャンルや立地、経営方針・条件によって20%から45%の幅です。普通は25%〜40%の間が殆どでしょう。
 通常は客の「回転数(席数に対する来客数)」の低い店は材料費(原価)が高くなることが多く、よく回転する軽い食事の店は材料費(原価)の低い設定が可能です。
 正確には異なりますが現実の店舗運営的には消費者に提供された「食材」だけでなく何らかの理由で廃棄された物や「飲料」も含めた形での売り上げに対する割合になります。ここでは「売り上げ」に対しどれだけの「仕入れ」が必要であったかについての意味です。
     
 続いて大きな数字は「人件費」です。
 これも経営スタイルや料理の種類、価格設定などで異なりますが一般的には25%〜40%が妥当だと考えられています。
 細かなものを手作りで仕込んだり、こまめなサービスを行うと当然高くなります。
 料理を半製品を仕入れたりセンターキッチンで仕込む場合やセルフサービスでは比較的低く、鍋物や焼肉でも低くなります。
     
 この二つを合わせて「F/Lコスト」といいます。Fはfood(フード)Lはlabor(レイバー)です。
 一般に食材が高い業態は人件費が低く原価が低い業態は 人件費が高くなります。「F/L比率」です。
       
 通常の経営ではこのF/Lコストを55%から65%に考えます。
 基本的には60%が目安です。「会社」や何らかのスポンサーが付く企業経営的な店だと55%が普通で、個人商店だと65%までは有り得ます。
 50%だと「美味しい商売」で70%だと「厳しい経営」です。
            
 固定経費の家賃は計画段階では8%を考えるのが標準的です。実際には10%程度に落ち着くとまあまあ悪くは無いでしょう。
 基本的には地域や立地により大きく異なり集客の良い都市圏や繁華街ではそれだけ高くなり、不便な条件や集客力の低い場所は家賃が安くなります。売り上げには連動しないので「繁盛」すれば相対的に割合が下がります。
 他にも街中で専用駐車場を確保すると1台分あたり月に1〜5万円位は掛かります。
       
 水道光熱費も業態によって大きく違い4%〜8%位になります。
 その他経費も3%から6%が標準でしょう。廃棄物処理に思いのほか費用がかかる場合があります。
 広告宣伝費はばらつきが大きいでしょう。
  
 ここまでが「営業の経費」になります。
 大雑把に纏めると原価30%人件費30%家賃10%水道光熱費5%その他・広告費5%として80%。
 お支払い戴いた金額の80%が基本的には経費に為ります。これが標準的な飲食店舗の経営計画・目標になります。
 ではこれで20%も「儲かる」のでしょうか。
 勿論違います。
          
 「投資」が必要な場合も多く、それは「回収」しなければ「赤字」になります。
         
 飲食店と一般の物販店、事務所との大きな違いとして内装や厨房、場合によっては外装も含めた設備投資が必要だという部分があります。程度問題を別にすれば工場(厨房)を併設しつつそれを消費するサービススペースもそれなりの設備を必要とする業種だといえます。
 サービスを行う「空間」と「時間」が商材として必要です。
 多くの場合が専用に一々その場その場に設備を造らなければ為りません。
 それなりの投資が必要でパッケージで移動が簡単に出来るわけも無く、使えば消耗し、それほど汎用性があるわけでもありません。
         
 飲食店舗の設備投資のコストを大まかに示してみます。
   
 業界では何の内装も無い鉄筋だとコンクリート打ちっぱなしで丸裸の不動産物件のことを「スケルトン」といいます。
 ネットなどで調べると「店舗内装」の価格は業者によりばらばらに見えます。
 安いところでは「店舗内装」坪あたり20〜30万円と書かれ、40〜60万円の「飲食店専門業者」がいて、逆に高いところでは60〜100万円との宣伝も見かけます。
 豪華な自前の建築物だと数億円とかの話も有ります。
    
 これは書きようと店舗内装・建設の範囲の違いになります。
       
 20〜30万の場合は大体が壁と床と天井を張る(作る)工事費のみを述べる場合が殆どでしょう。所謂「店舗内装工事」といわれるものです。既に出来上がった厨房設備・空調電気が存在し、テーブルや椅子も自前で準備し、大きな固定カウンターや壁などの構造物を作らない場合の「店舗内装工事」です。
 基本的には「サービススペース」の工事のみの費用です。
 既存の設備や自前の施設を「飲食店」として「改装」するような形での「店舗」工事の場合の金額になります。
     
 続いて40〜60万円の「飲食店専門業者」は上で言う「スケルトン」の状態の物件にキッチン・カウンター等構造物を作り、壁や床・天井も拵え、配線や配管等の工事も行いテーブルや椅子も揃える(テーブルなどは店ごとに作る場合が多い)一般的な「飲食店内装工事」になります。厨房機器は含まない場合です。
 60〜100万の業者の場合はそれに冷蔵庫や加熱・加工設備、水周りの設備などの厨房機器を含めた形の店を丸ごと作る場合の価格を示している場合が標準です。
    
 不動産の場合は物件によって状態が違い、どの工事が必要かも異なり、顧客の要求も違うので幾つかの言い回しが混在した形でも語られます。
 目視性の優れた広い外装を持つ店舗は「店舗工事」にそれだけのコストが掛かりますし奥まった店は玄関が簡単に作れます。
 本格的な「設計」をした場合は8〜15%の設計・デザイン費が掛かります。
                      
 それとわかり難いのは物件によって元々飲食店用の建物なのか物販店・事務所用の建物なのかでも違いが出ます。
 一般には賃貸の飲食テナントの場合はA工事・B工事・C工事という3つの工事に分類されます。
 A工事は通常の「建設」工事で建物を作り共有部分の工事や建物の基本的な機能を果たすべく行われる工事で家主・大家が負担し、責任を持つ工事です。C工事は一般的な店舗の内装工事で基本的に借主の店舗が行い管理し、権利を持つ工事です。
 B工事が少し面倒で、通常の店舗・事務所だと必要の無い配管や最下層の階ではない場合には水漏れ防止の防水工事などが含まれます。
 テナント退去の際にもその工事は残される場合も有り、共有部分にかかる場合も有ります。基本的には家主との交渉で家主側に負担して貰える場合も有りますが、借主が負担せざるをえない場合も有ります。数十万から100万円を越える場合も有ります。
  
 忘れてはいけないのがこの「工事」の際も既に店舗物件を借りている状態になり工事期間でも家賃が発生する事です。
 「スケルトン」の場合20坪程度だと3ヶ月ぐらいは掛かる見込みが必要です。工事業者との期間の打ち合わせは契約前に相談すべきです。
      
 それと上に書いた店舗内装コストは15坪以上の店の場合の標準的な価格です。それ以下の10坪位の店だと2割ほど高くつくのが一般的です。
 感覚的にはスケルトンの状態から20坪の店が厨器備品込みで1400万円位からで小奇麗な店が出来ます。勿論10坪程度の店を自分で工夫して300万迄で作るのも充分に可能です。
 既に内装の出来ている「居ぬき」の物件だと場合によっては「内装費」「厨器備品費」などが求められますが一般に投資額を抑えることが出来ます。業態の選択肢が少ないのですが条件に合えばコストとリスクを下げる事が出来ます。
    
 店舗保証金などの預かり金は多様です。20坪位でも10万から1000万円で色々とあり退店時に全額返されるものから期間が短い場合等には減額返還されるものなど色々です。地方によっても異なります。
 ついでにみも蓋も無い事も書かせて頂くと店舗を撤去し「スケルトン」の状態に戻す「工事」は20坪だと廃棄物処理費用も含め80〜120万円程度は掛かるのが一般です。「改装」時もそうですが「原状回復」条件で賃貸される方は「辞める」コストも必要になります。
    
 売り上げから営業経費を抜いた「利益」から投資額を回収しなくてはいけません。
 1990年代前半までは社会の流れがゆったりしていて「10年で回収をすれば充分」だとされてきました、それが95年位からは「7〜8年で回収できなければいけない」と言われはじめ現在では「5年で回収するべきだ」とされています。
 昔のように普通に不動産を「購入」して「店を始める」という昭和50年代位までは普通だったやり方ではなく、現在は一般的である立地を勘案して賃貸する場合は比較的低い投資額で開業が可能ですが閉店後は残る資産は殆どありません。
 業態が競争力を失うサイクルが早くなり、改装や移転や業態変更を早期に行う必要が生じています。
       
 上で書いた20坪の店だと少なくとも1800万円の投資を5年間。年360万円+金利を回収しなければなりません。月30万円+金利分は回収しなければ為らない事になります。売り上げによって大きく変わりますが回収は10%で収まらないと経営は厳しいでしょう。
        
 ここまでで掛かった経営コストが投資回収額を含め90%で収まり10%の純利益を上げると近年では「優良経営」といわれています。
 持続的に5%の利益を上げる飲食業経営も今では中々難しく、新規営業店の9割が10年以内に閉店しているといわれています。
 おそらく8割程度の店は「失敗」していると考えても間違いありません。「元が取れている」店は2割は無いでしょう。
        
 「原価が高い」にも幾つかの意味があり「良い材料を使っている」だけでは無く上にも書きましたが半製品や業務用の「出来合い」の品を使うのも「原価が高い」ということになります。この場合は労働コストを下げる事が出来ます(F/L比率で調整) 。
 「商品ロスが多い」や「たくさんの種類の食材を少ない単位で入れる」事も含まれ、例えば一般の寿司店はネタ数を数多くそろえる必要が有りロスも多いので原価が比較的に高くなります。小単位の仕入れは割高です。
 世間では不評な酒類の値段も店舗経営上は止むを得ない判断になります。
 商品は均一の原価率で価格を決めるのではなく売れ行きや手間を考慮し、販売戦略として利益の多いもの少ないものを組み合わせて考えます。
 経営として見れば売り上げから結果的に適切な利潤を得なければ店舗は成立しません。
 特定の商品やある期間のみの「赤字覚悟」は可能ですが「赤字経営」は健全な社会活動ではありません。
      
 家賃についてはこれも地方によって異なりますが東京大阪の中心部の繁華街は「坪当たり」3万円を超え新しいビルのテナントだと4万円以上もざらです(10万を超えるところもある)が繁華街から少し離れたところで1万円台後半から2万強。
 都市圏の住宅地の便利なショッピングセンターも2万強位、各駅停車しか止まらないような駅の傍で1万円半ば位から、築年数や人通りの量、フロア(階)によって変わり、駅の傍の裏通りで1万円前後ぐらいでしょうか。家賃が坪7000円を切ると余程不便か人通りは少ないと考えるべきです。ここ最近は下がり気味のようです。
 これは街中の店の場合で、幹線道路沿いなどのロードサイド店舗は遥かに安く駐車場も含めて数分の1になる場合もあります。
 家賃は固定しているのが普通ですから売り上げさえ上がれば経費に対する割合は減ります。
                     
 店舗の客席と厨房の面積比は基本的には2:1です。鍋や焼肉は比較的に客室の割合が多くなります。手間の掛かる料理を出す店は厨房の面積が必要になります。シンプルなオペレーションのファミリーレストラン方式の店や丼店や自家製麺しない麺類の店等は広い厨房は要らないので3:1から4:1になる場合も有ります。
                
 店舗の席数は業態や単価により異なります。
 郊外の大型店を除く街中の庶民的な飲食店では厨房を含む店舗1坪当たり1.5席が基準になります。20坪だと30席位の店になります。
 少し「おしゃれな店」だと1.3席位、高級店だと1席以下にもなります。1.7席から1.8席だと軽食等の「狭い店」になります。
 店舗の中にトイレを設ける場合には約1坪必要なのも覚えておくべきでしょう。階段やエントランスも差し引いて計算してください。
             
 スタッフの人数も業態や価格設定と他に店舗設計・デザインによる動線(スタッフやお客の動き方)にも左右されます。設計段階又は店舗選びの際にも気をつけるべき部分です。
 標準的にはピーク時には満席になるとしてその時点で調理場とサービスを含めた形の店舗全体の人数で9席に1人のスタッフが必要と考えられます。
 これは一人前の能力を持つ「プロ」の人数で錬度の低いスタッフだと多めに見るべきでしょう。
 例えば30席だと4人いないときついかも知れません、3人だと余裕は無く、接客や会話は不可能でしょう。カウンター席が有ると少し余裕があります。
 高級料理店だと6席に1人以上、ワンデッシュ・ワントレーの料理や鍋や焼肉、セルフサービスだと12席に1人くらいのスタッフで考えます。
 ホール業務自体はメニュー内容によりますが通常はサービススタッフ1人でテーブル席で24席までが限界です。
 高級店だと最低でも3テーブル(12席)にサービス1人、他に帳場・ドリンクパントリー等を含めると8席に1人のスタッフがいないと料金に見合うサービスは提供できません。
             
 人件費は上にも書きましたが25〜40%、標準的には30%で考えます。つまり1000円の売り上げで300円が賃金だということです(人件費・賃金=手取り給料では有りません)。
 月に25日働くスタッフに25万円の賃金を払うためにはざっと一人当たり3万3千円の売り上げが毎日必要だという事です。(それでも年収は総支給額300万円以下)10時間労働として1人/1時間3300円の売り上げが標準です(業界では社員の場合基本的に「残業手当」は存在しません)
 勿論、仕込みや準備時間は別で売り上げが有るのは「営業時間」のみです。
 繁盛店は労働効率が高くなるので席数が多いよりも持続的に席が回転すると利益が上がります。
 F/Lコストのうち、売り上げに対し連動する割合の強い原価率より、人件費の方が固定的ですので大きい店よりも客を並ばせ待たせる事が出来れば効率が上がります。席数よりも回転数の方が重要で、時間辺りの坪単価と席ごとの売り上げの方が経営的には意味があります。
  比較的に高い原価率での商品を提供し経営を行う場合には労働力の投入を集中化させる必要が有ります。
 観光地や住宅地の店などは曜日やシーズンにより極端に売り上げが変わるのでF/Lコストの「平均」というのは難しい考えです。ロスやリスクは重要な課題です。
     
 とはいえ飲食業は売り上げさえ上がればこれらの計数を甘く見た「丼勘定」でも充分に儲かる「商売」ですが現実には中々簡単にはいきません。
 店が繁盛さえしていれば利益は簡単に大きくなりますが殆どの店がそうはいきません。
 特定の期間だけ大きな利益を上げても全体を見れば経営が困難な店は少なくありません。営業全体として売り上げが足りない場合には計数はあまり意味を持ちません。
 「流行っている」様に見えても内情は火の車である事はよくある話です。
 ある意味「生き物」を扱い、時間に縛られる「水物」の商売です。
           
 上の数字も「損益分岐点」を超えている黒字店舗の場合の経営数字なのであってそこまでも売り上げが足りていない店も多く有ります。
 経費・償却等の必要な金額が100%を超えるのは赤字です。
 持ち家や償却済みの店舗でほぼF/Lコストのみで経営が出来ている店も有りますが、経営者が現場に立ち労働コストを収入として生業としての経営を行うか、その家族がほぼ無償に近い労働力を提供する事でなんとか経営を成り立たせている事も珍しくありません。
 耳に入る「成功譚」は「生存者バイアス」の偏りのある情報とそれを脚色した「物語」が殆どです。
 ノウハウの無い個人や場合によっては公的な団体の方たちが実像を理解せずに事業を始め、結局破綻する事もよくあります。
        
 経営マニュアルも売り上げ向上と高モチベーションの維持を目的とした自己啓発的なものが多く、消費者にも「物語」を提供する形の意味づけのされた「成功譚」やロマンチックな面を強調する話ばかり多く、外部の方の取材や記録も何らかの「特別な意味」を読み取ろうとするものが多くなりがちです。
 業界人には自明の事でも異業種の方には誤解の多い事実が多く有ります。過度な思い入れから無理な要求をされる方もいるようにも感じます。
 「物語」を楽しむ事は結構ですがそれが事実とはいえない部分が含まれている可能性は有ります。
 ドラマやマンガ・小説などの飲食店は「経営が成り立つわけが無い」物も多く描かれています。
 それをまるで「事実」のように感じて現実の職業を批判する方も少なくありません。これは「医療」や「公共サービス」「学問」等でも同じです。
 事実関係を理解しないままでは間違いを犯す可能性さえ有ります。
    
 「経営」を考慮しない評論家は「自称評論家」でしかありません。実現不可能な事を言う人を「評論家」というのは本来ただの揶揄です。
 消費者の「感想」としては妥当でも言論としての社会的な価値は限定的です。
 相手を「我々」では無い者として語る言葉には現代において公共の言論としての役割は低いと考えます。
 現実には「最も自由主義市場経済が機能している」世界なのでそのシステム自体が基本的に併せ持つ「利害当事者としての消費者の批評性」が既に存在することを前提に論じられるべきです。主体性による自由な選択が可能なジャンルとしての文脈を考慮すべきです。
 間違いなく過当競争で、隣接分野とも競合の多い、消費者が充分な主導権を持っている市場です。
 それ自体が消費の形式である「感想」と社会的な意味合いを持つ「言論」の区別は必要だと思います。
 単なる個人レベルの「コストパフォーマンス」論は私的な感想に過ぎません。言論ではなく消費行動の一つです。
 「物語」を楽しむ娯楽や嗜好のレベルの言動と社会的な責任を負い、現実に切り結ぶ言論は違います。
    
 何にしろ、より「確からしい」事を知るのは悪い事でもないでしょう。